飛べない魔術師 断章2

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「嵐を呼ぶ同居人」

「お前いったい誰なんだ、あの超絶美女は!」
 机に向かって図書室から借りた本を読みふけりながら、久々の休日を満喫していたリィトはドアを開けた音と同時に飛び込んだ叫び声につられるかのように、ゆっくりと顔を音のした方向へと向ける。余程慌てていたのだろうか、普段から無造作に一つに束ねられている長い銀髪はゆったりとした作業着に絡み付くかのように乱れ、緑の双眸はしっかりと相手の姿を捉えている。普段は感情に乏しい少年もこれには目を丸くせざるを得なかった。
「あ……やあ。任務ご苦労様……ジェ……、くっ?!」
「お前女には興味ないとかピンとこないとか言っておきながら! お前そんな女みたいな顔をしてながら、裏ではきっちりとやってこら!」
 胸倉を掴まれながら、まくし立てるように喋る相手をどうにかリィトは宥めようと自由の利く腕を伸ばしてつっぱる。
「お……落ち着けって……。ああ……もしかしてツァイニーの事を言ってるのか?」
 抵抗を続行しつつ、思い当たる節――今朝会った指導教官の事を挙げたのが逆効果。
「しかも呼び捨てか!」
「ただの指導教官だって……さっきからなにを誤か……げほ」
「ただの指導教官を呼び捨てにするか!」
「いや……だから……相手がそうよべって……つか、く…び……しまって」
「なにぃ! そんなのも許す程に彼女の心も既にお前のものか! リィト! ああ、この裏切り者ぉ!」
 だから誤解だ。話を聞いてくれ。言いたい台詞はたったそれだけなのに、やたらと激しすぎる相手の思い込みが、こちらの主張を許さない。大げさながら生命の危機すら感じ始めたリィトがやっとの事で口に出来たのは、
「……うわっ」
 浮遊感と共に無意識に飛び出た、そんな軽い叫びだった。やたらと耳を突く相手の叫び声も聞こえて来たものの、直後に襲った体全体を震撼させた鈍い衝撃と共に聞こえなくなった。

*      *      *

 思い起こす事、一月前。どこぞの令嬢の家庭教師だの、要人の護衛だの、比較的軽め(最初の事件に比べれば、の話だが)の任務をこなしつつ、ようやく「最初の事件」も言われなければ気にはならなくなって来た頃。それなりに心の余裕も持てる様になって、落ち着いて日々を過ごせそうだと思えるようになった矢先、その「嵐」は現れた。否、いた、という表現の方が正しいかも知れない。
 特に依頼も受けていない時期、それはリィトにとっては唯一の趣味とも言える読書をゆっくりできる貴重な時間である。ただ一口に読書、と言っても流行の恋愛小説や冒険物語は眼中にはなく、魔術の指南書であったり、やたらと文法が難解な歴史書なのが、同年代の少年と一線を画している所だ。そんな本の中でも一般的には入手困難とされ、丁重に扱わなければならない本を手から滑り落としてしまう位に、図書室帰りのリィトが目にした光景は理解不能なものだった。少々広いと感じるものの必要最低限なものが揃っているだけの1人部屋。そこにベッドが1つ増え、見知らぬ男(多分)がやたらと威勢の良いいびきをかきながら寝ている。素性や理由を問うまで思考が回らず、とりあえず静かに扉を閉め、深呼吸1つしてみたところで初めて本を落としている事に気づき、あわてて拾いながら事態を整理しようとするも、やはり答えは出ない。否、出る訳がない。部屋を出る前は確かにいつもと同じだった。ベッドと机とクロゼットが1つずつの簡素な1人部屋。それが、図書室へ向かって本を選んで、そして部屋に戻る。そんな一日の長さと比較すればほんの僅かな時間の間に、ベッドが一つ増え、一人の見知らぬ男(多分)が一人、
「いや、どこかで見た事があるような……」
 頭の中で男(多分)の記憶を手繰り寄せようと試みる。『アーネスト』の関係者ならば少なからず顔位は見合わせていても不思議ではない。しかしながら近しい者以外を意識するには自分はまだまだ経験も心構えも足りてはいない。(近しい者が存在感がありすぎるのも作用している気がするがここでは考えない事にする)。だとするならばよっぽど印象深い人物だったのか。そんな遭遇があっただろうか。
(……そういえば)
 ようやく思い当たる節に行きかけたリィトの思考は、勢い良く開かれた扉のけたたましい音と、至近距離にいきなり現れた件の男(確定)によって休止を余儀なくされた。それよりも今さっきまでそこでいびきをかいてなかったか? という疑問もまた同様に。
「お前、人の寝顔を拝んでおいて黙って立ち去ろうとするとはどういう了見だ?」
「……へ?」
 こんにちは、でも初めまして、でもなく、いきなり話し始めた相手に面喰う。相手の余りの勢いに何も言えないリィトをみてさしもの相手もおかしい、と理解したのか、
「あ、そーいや挨拶はまだだったか。ハジメマシテ」
 と、片手をちょい、と挙げてみせる。仏頂面と棒読みなのはともかくも一応同じ様に返すのが礼儀なのであるからして、
「……あ、どうも初めまして……」
 と、とりあえず素直にそう応える。
「そんな訳でこれで俺とお前は知り合いだ! だから遠慮は無用だ!」
 それは一体どういう理屈だ。黙って事を見送るしか選択肢を見出せないリィトを他所に、相手の独断場は続く、かと思われたが、
「といっても俺はお前の事は知ってたけどな、リィト=フォレスターレン。第八アカデミーで、お前を知らない奴はいないしな」
『第八アカデミー』そんな言葉が半ば聞き流していたリィトの意識を戻した。
「……君は、昔の僕を……知っているのか」
「おうよっ、お前は俺みたいな人間は知らないだろうがな」
 聞き流そうとしつつも面倒だな、と思うくらいには意識がむいてはいた言動が、急激に平坦な響きとして届くようになる。ここ最近は意識することもなく、まあまあ平和に日々を過ごして来たというのに。こんな短い言葉で、こんな風になるなんて。
「言っておくけどな! 命令だから仕方なくここに来たが、俺はお前みたいな鼻持ちならない奴と馴れ合うつもりはないんだからな! 覚えておけよ!」
 自分以外の人間など、どうなろうと構わないと思っていた自分。相手の不幸すらも、自分の糧となるならば、上に立てるならば、と喜んでいた自分。でも、違うんだ。今は。
「天才的な力を持ってるって言っても所詮は同じ人間なんだ。そこんところもちゃんと」
「そんな事は解ってるさ!」
 今まで口を噤んでいたのがわざとであったかのように、鋭い口調が飛び出した。
「確かに以前の僕は回りを無意識に傷つけたりしただろうさ。でも解ってるんだ! 今の僕を知らないくせに、何なんだ君は」
 ああ、この話題になるとやっぱりこうなるのか。振り返って冷静に今後につなげていくにはまだまだ修行が足りない。
「たいだい僕が君に何かしたとしたってこの状況の理由にはならないだろう? 物言いするなら自分が正しい手順を踏んでからにしてくれないか」
「手順? どこが間違っているって言うんだ?」

 至極当たり前の事をいっているつもりだったリィトの目に映っているのは、さも当然といわんばかりに平然とした表情の相手。
「どこがって……勝手に人の部屋入って、寝てたじゃないか」
「あん? 何だ、お前のベッドはこっちだったのか?」
 ちらりと振り返りながら指差したベッドは使い慣れたそれではない。
「違うけど」
「じゃあ問題はないじゃねえか」
「いやだからと言って人の部屋に」
「だから何言ってやがるんだ。ここはお前の部屋だが、俺の部屋でもある。何が問題あるって言うんだ」
「……はぁ?」
 僕の部屋は、僕の部屋。……彼の部屋は、僕の部屋?
「それは……一体どういう……」
「なんだお前。天才天才言われてるのに案外理解力ねえなぁ」
 ますます訳が解らず、急激に頭の中が白くなっていくリィトを他所に、相手は言葉を紡いでいく。
「今日から俺もここで寝泊りする事になったんだからいても当然って事だろうが。つか、第一新入りを迎えるなら部屋で待っているのが筋ってもんだろうが。そんなんお構いなしに出かけていたるするからやっぱり想像通りの奴だと」
「ちょっと、待ってくれ。今日から、君が、ここで生活する、と。そういう事か?」
 混乱しているリィトとなぜか首を傾げるそぶりを見せる相手。
「何言ってるんだ、だからさっきから」
「……聞いてない」
「はぁ?! 何だ情報の行き違いか?」
 いや、違う。根拠はないが直感的にリィトはそう思う。日常生活に突如自分の意思とは関係なしに引き込まれる非日常。幾度となく繰り返されるうちに、徐々に日常茶飯事へと姿を変えていくそれ。この状況は余りにもそれと酷似している。否、『あの人』以外が仕向けているとは到底考えられない。
「お前にはなかったのか? アーネスト様からの書簡」
 ああ、やっぱり。視線を宙に泳がしつつ、リィトは返答する。
「だから、何も聞いてない……」
 とりあえず状況を纏めよう。この男は今日から自分と同室になって、生活を共にする、と。簡単に言ってしまえばそういう事、らしい。
「でもなんでまたこんな中途半端な時期に」
「理由までは知らねえよ。俺はお前と同室になれって事しか命令されてないんだからな」
 言葉を受け、リィトはそれ以上の詮索を止めた。知らない、と言っている以上は彼を問いただしても無駄だし、アーネスト様に至っては最初から勝負は見えている。まあ、そのうちね。それで終了。何をどうしたら良いか解らず、生まれた沈黙を破ったのは相手の方だった。
「そりゃあ、色々まくし立てて……悪かったな」
 ばつが悪そうに頭をかく相手。言動に気を取られていたが、その輪郭を縁取る銀の長髪は見るものをひきつける程つややかだ。その点に関してはただ素直にそう思う。あの時みたいに。
「なんだよ、じろじろ見て」
 睨み付けるその瞳に宿るのは、ああ、自分と同じ緑だ。
「いや、別に。それよりも……僕も悪かった。考えてみれば、原因はこちらにある訳だし、あまり昔の事触れられるのは好きじゃないからついかっとなったというか」
 は、と口を噤む。僕は何を始めて話す相手にベラベラとこんなことを話しているんだ? 二の句が継げず、黙り込んだリィトを今度は相手がジロジロと見つめてくる。ふうん、とかへぇ、とか勝手に何かを納得しているような素振りをみせた後、目にしたのはなぜかニヤニヤとして面白そうな表情だった。
「これは……予想外に面白そうじゃないか。や、悪い悪い。さっきまでの無作法はどうか一笑に付すような余興だった、と思って心の片隅に葬り去ってくれ。なぁリィト!」
「……は? 余興……?」
 ころりと変わった態度にかくれて聞き流すところだったが、呼び方が、さりげなく……。
「いい、いい、何も言うな! そうだよなあ。天才だって天才なりの苦悩くらいあるよなぁ。だがまだ未来は長いんだ。今からだって十分青春は謳歌出来る……いや、させてやる!」
 がっしりとリィトの肩を掴むと、相手はきっぱりと宣言した。
「そういう事だから俺とお前は今この瞬間からお友達同士、だ!」
「……はい?」
「あー、まあ実はと言えば、俺様は協会員ではなく家がそれなりの名門なのを良いことに小間使いとしてここにねじ込んでもらった身だから、戦友にはなれんかも知れんがきっとそれは瑣末な懸念だ。そういう事で以後よろしく!」
 余りの思い込みの激しさにもはや空いた口が塞がらないリィト。確か初めて見たときもそんな感じになった、ような気がする。荘厳さを感じさせる『アーネスト』の建物の中で、清掃をしていた彼は明らかに異質だった。回廊中に響く陽気な歌声。否、あれは歌などとは到底言えるものではなかった。騒音だ、あれは。やたらと楽しげな表情が、かろうじて歌っているのだろうな、と思わせたくらいにはひどいものだった。ただその騒音から逃げることはせずになんとなく足を止めて眺めてしまったのは自分でも不思議だった。理由は解らない。ただ、何となく、そうした。
「ああ……まあ、よろしく。……えと」
「アルジェイク=ファーランシア。ジェイク、でいいぞ」
「ああ、よろしく。……ジェイク」
 否、と唱える選択肢が見つからず、とりあえずリィトに対し、相手は昔からの知り合いであるかのように、するり、と肩に腕をなれなれしく回してくる。
「じゃあ手始めに風呂でも覗きにいくか!」
「風呂を……覗く? 何でそんな事を。入るならともかく」
「確かに裸の付き合いも大事だけどな! やっぱ健全な男同士でやるといったらこっちだろう!」
「? 何も入る時に見るんだから、別にそんな事必要ないだろう?」
 でもそれが常識、なのだろうか。友人はおろかまともな人付き合いなどした事のないリィトが漠然とそう思っているのに対し、今までの調子とは反面、まじまじと見つめているジェイク。
「お前……それは冗談で言っているのか? 本気、なのか?」
「何か、おかしい事、言ったか?」
 またしばらく見つめられた後、目が潤んだかと思うや否や、華奢なリィトの体を力任せに抱きしめるジェイク。その妙は痛みは混乱しているリィトの心を更にかき乱した。
「解ったこれ以上何も言うな! 俺が男としての健全な青春をお前に謳歌させてやる。心配は無用だ、リィトぉ!」
 意味はさっぱり解らないが、とりあえず心配は無用、などではなさそうだ。それだけは何となく思った。むしろ心配は山積み、のような気の方が強い。何故か、なんて根拠はないが、さほど遠くない、いや、もの凄く近い昔に似たような懸念を抱いたような気がする。やっぱりちょっと考えた方が良いだろうか。ぽっと頭に浮かんだ言葉は相手の勢いの前に儚く消えた。
「こうなれば早速行動あるのみだ我が同志よ!」
「え、いや何も準備もしてな」
「目前に広がる真実をそのままに映す純粋なまなざし! それ以外は不要だ!」
 その叫びと共に、嵐がさったかの如く二人の姿は目的の地へと消えていった。かくして、天才魔術師のより多難な日々は幕を開けたのである。

*      *      *

「あら、なぁに? もうお目覚め?」
「……ツァイニー?」
 ぼんやりとした意識の中、真っ先に自分を覗き込んでいるらしい指導教官の姿を捉えたリィトは見たそのままを素直に口にする。探るように視線をずらした先に見えるのは使い慣れた家具の数々。はて、何でこの人が自分の部屋に。それよりも一体自分はいつのまに、寝てしまっていたんだろう……。そこまで考えた所でようやく意識が完全に覚醒する。
「そうだ……あいつは……?」
「ああ、だめよぉ。急に起きちゃあ」
 制止の声は間に合わず、上体を起こしたとたんにずきり、と後頭部に鈍い痛みが走る。
「まったくもう。大事じゃなかったけれど、頭打ってるんだから」
 くらくらする頭を押さえながら、なんとか目線をツァイニーに向ける。
「それよりも……何故貴方がここに?」
「それよりも、ですって? まあ何てこと。良い事、リィト? 人間にとって頭というのはものすごーく大切なものなのよ。今は平気でも後から何かある事だってあるんだから。ああ、貴方のその『アーネスト』の至宝とも並ぶべき穢れなき美しい純真な姿が、ささいな事で失われるような事態が起きたら……ああ想像するだに恐ろしい事!」
 まるでこの世の全てを否定せんが如く、身をくねらせて訴える姿をみていつものように思う。質問に答えろ、と。ちなみに気になる話の後半部分と、もてあそぶかのように手元でくるくる回している羽ペンの用途は突っ込まない事にしよう、と固く心に決めている。
「今後は……気をつけますので」
「もう……きっとよ! 全く今回は私がたまたま用事で訪ねて来たからよかったものの」
「あ、そういえばあいつは」
「あいつ? ああ、あの銀髪のボウヤの事? 彼ならちょっと出てくるって言ったきり、だけど?」
 何だよ、それ。素直にそんな言葉が出てきて、直後にはっと目を瞠る。勝手に誤解された挙句に、折角の休日を台無しにされて、もううんざりだと恨めしく思うならいざ知らず、今こうして放り出されている事に、自分は落胆している、とでも言うのか。
「別に、貴方の事をどうだって良いと思っている訳ではきっとなくてよ? ただいたたまれなくなっただけ、じゃないかしらねぇ。だから、別に寂しがる必要はないわ」
「……別にそう思っている訳では……!」
 あら、そお? どことなく不満そうなツァイニーを見やり、リィトはばつが悪そうに視線を逸らす。
「部屋に入って貴方が白目剥いて倒れていたのにも驚いたけど、それ以上にいっそ俺を殺せだの、死ぬなだの、狂ったように涙目で叫んでいるあのボウヤには驚いたわ……本当に」
 何だ、その物騒な言葉の数々は。酷く自分を心配してくれたらしい、というのは解ったけれども。
「それだけ意識してくれる人間がいるって事は……幸いな事よね」
 あんな奴でもか。そんな言葉はどことなく焦点があってないような、寂しげにも見えるツァイニーの表情に遮られた。気まずい空気を吹き飛ばしたのは、今日の(今日も、が正しいが)災難の元凶である「嵐」だ。
「リィトぉぉぉぉぉぉぉ!」
「わっ、何だ?!」
 部屋に入ってきたのが見えたかと思ったのも束の間、ベッドに上体を起こしたリィトに抱きついてくるジェイク。勢い余って倒れ込む。……またなのか、こいつは。
「すまん! 本当にすまん! この通りだ! お前の気が済むまでいくらでも俺を好きにしていいぞ!」
 ベッドの上だったので頭を打つ事はなかったものの、こうして馬乗りされるのも良い格好では決してない。
「いや、別にいいけど」
「何だ? 肩揉みか? 背中流しか? 俺に出来る事なら何でもするぞ」
「だから別にいいって!」
 ぴしゃり、と言い放つと今までの勢いが一変、ぴたりと動きを止めるジェイク。
「……本当か?」
「本当だよ。だから……降りてくれないか」
「……あ、おー。そうだなっ、そうだよなっ」
 そそくさと降りるジェイクを目で追っていく中で、リィトはある事実に気づいた。
「……ツァイニー?」
 いつの間にか、ツァイニーの姿が部屋から消えていた。そういえば何の用事で来たのだろう。気になりはしたものの、きっと今朝話した次の仕事に関することだろう。そう、納得しておいた。先ほど見せたツァイニーの表情が、それ以上の追求を許さない気がした。
「そうだよお前っ! 確かに早合点した俺も悪かったけどな、お前がそもそもちゃんと説明しないのも悪いんだぞ。お前はどうにも主張が控えめだからなー、全く」
「そっちが言わせてくれなかったんじゃないか……」
 確かに主張が乏しい、というのは認めるけれども。
(ああ、そういう事か)
 困った奴だけれども、嫌えないのは、きっと自由な姿という部分には憧れているからなのかも知れない。そう思うと、初めてあった日に、目が留まった事も今なら説明出来る気がした。無論同じ様に、主張出来るようになりたい、とは思わないけれども。
「まあ、小さい事にはこだわらない!」
「って、本当にお前反省してるのか……」
 すっかりいつもの調子を戻しつつある同居人を見ながらため息を吐く。そのあまりの気まぐれっぷりに、文句の一つでもつけてやろう、という気すら萎えてしまった。
「まあ、いいか」
「ん、何か言ったか」
「別に」
「そうか? ま、いっか。んじゃまー、ここは仕切りなおしにいっちょぱーっと」
「風呂覗きなら遠慮する」
 ええー?! と不満たらたらな表情を見て、リィトの表情に在ったのは柔らかな微笑、だった。
 アーネスト様が、何の考えもなしに彼を同室にするなんて考えられない、という最大の疑問は相変わらず解明されていない。でも、苦労は耐えないけれども、どことなく心地よい気もするから。だから今はそれでいい。

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