飛べない魔術師

 第1章「魔に魅入るモノ」

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第6話

 正直本当に様子を見に来てみただけなんだけどな。一心に陣を組み立てていく少女マリエラを目に映しながらルティは嘆息する。真実はフタを開けてみるまで解らないというのは、世の常であるけれども。
(これは随分と厄介な事例にあたっちゃったかもしれないねえ)
 手出しをするつもりはない。これはツァイニーとリィトあの二人に課せられた任務なのだから。だからマリエラの行動も黙って見守っている。気にせず続ければ、と言った時には多少の後ろめたさはあったのか、本当にいいのかと尋ねて来たが、こちらが手出しをしないと納得した途端に作業を再開した。
 単純に素直な娘だな、と思う。『魔に魅入る者』とは到底思えない程に。未知なる危険を孕んでいるかも知れない古代の魔術。それはある種、本能のままに邪悪な力を振るう悪魔の様だとある者は称した。そんな『魔』に魅惑され、道を踏み外してしまう人間をいつしか、『魔に魅入る者』或いは『魅了者』と、そう呼ぶようになった。と言っても、禁断書の存在自体が日常において殆どの人間にとっては無縁の代物なので、この呼称を知っている人間も極僅かなのだけれども。
 きっと誰かに上手い事利用されているのだろうね。明らかに形を真似ているだけで古代文字など全く理解などしていないだろうマリエラを見ながらルティは思う。しかし、誰が。この校内であれば校長位のものだけれども。でもまさかいくらなんでも。

*      *      *

 もし、仮に校長が禁断書を持ち去ったと考えてみる。じゃあ一体どうやって。そう、何よりもそれが重要だ。いくら許されている人間であっても、自由に出入りして持ち出したりはできないだろうに。むしろ持ち出しは可能なのだろうか、閲覧のみではないだろうか。見張りだって厳重に敷かれているに違いない。よしんばそれらを掻い潜って盗み出す事に成功したとしても、騒ぎにならないはずがない。そして、それは誰であっても結果は同じ事。となるとやっぱりあの投書の内容がでたらめなのか。ツァイニーと二手に分かれ一人で行動しているリィトは頭を抱えそうになるのを必死で堪えていた。
 少ないながらも校内にいる関係者がじろじろと見つめているのは彼の行動に、ではなく彼自身に対してだ。その証拠に何かを尋ねる度におっかなびっくりな態度をとられ、中には大した事を言えなくてごめんなさいと平謝りする者までいた。自分で蒔いた種とは言え、ひらすらに嘆息するばかりだ。まったく気の休まる暇もありはしない。それで有力な情報が得られればまだ良いのだが、今現在の所は何もない。否、あるにはあったか。有力とは言いがたいが繋がりがあるかも知れない情報が。
『裏の樹海の魔獣が急増している』
 複数の人間が証言しているから確かな事なのだろう。すぐ裏なのだから行って確かめる事も可能だが、調査の途中で校外に出てしまうのは好ましくないと思ったのでとりあえずは生徒達の話を信用する事にする。少なくとも校長の言う投書よりは信頼の度合は高い。この近辺にいる魔獣は気性の大人しいものばかりだから余り気に掛ける必要はないだろう。注意すべき点は魔獣が魔力に惹きつけられて群れを成す、という特性だ。通常よりも多くの気がここ数日の間に、このアカデミーから発せられている。という事。
 でもまだまだ情報が繋がらない。とりあえず今までの情報を並べてみる。古代の魔道書(禁断書?)をやり取りしていた女性と魔族。どこか様子のおかしい校長。ここ数日で急増した魔獣。それぞれが独立している情報。予想して繋げることはいくらでも出来るが、ありすぎてもキリがない。一つずつ試すのは時間の無駄だ。全てでなくても良いから、情報を繋げるような新たな情報が欲しい。願いつつ、話を聞いて回っても、これぞというものが得られず、自分の分担はあと一つの教室を残すのみ。
 理由をつけて生徒達には待機して貰っているので聞き漏らしはないはずだ。それにしても誰にも怪しまれずに情報を引き出す作業は手間と話術を要する作業だ。……と思っていたのだが、やはり恐れられているからなのだろうか、何か変わった事はないか、と聞いただけなのに大半の者達がいらぬことまで教えてくれた。担当教官が最近妙に厳しくなったとか、寮でこっそり飼っていた犬が子供を産んだとか、全く関係のない話で半ば辟易すらしていた。もしかしたらこの状況を想定したから、校長は自分を歓迎していない風だったのだろうか。余計な情報を引き出す者が邪魔だから。……いや、さすがにそれは考えすぎだろうか。……ああ、ちっとも考えが纏まらない。
「来たれ風霊」
 纏められることもなく、無造作に垂らされている肩にかかる髪がふうわりと舞い上がり、 ゆっくりと不規則に肩へと落ちてゆく。明かり取りの天窓から入るのは陽の光のみで、風が吹き込むことはない。今ここに在るのは彼が作り出し、操る魔術だ。魔術の基本は精霊契約。その中で最も体に馴染む、風の精霊が集うのを体で感じながら詠唱の続きを口ずさむ。
「契約の名の下に我が心を彼の下へと届けよ」
 ゆっくりと目を閉じ、精霊の辿る軌跡を追っていく。やがて、繋がった。
(聞こえますか、ツァイニー)
(聞こえていてよ。どうしたの?)
(いいえ、何か有力な情報がそちらでは掴めたのかな、と思いまして)
(これぞ、というのはないかしらねえ。ああ、裏の樹海に魔獣が増えたって事なら)
 同じでは平行線のままだ。何か違った情報でもあれば、それを加えた上で捜査が進展するかな、と期待したのだが。第一何かあったらこっちから聞くまでもなく、情報を入れてくれるだろう。……とは言えこの人の場合は気まぐれで与えてくれない場合もありそうだが。
(突然話しかけて申しわけありませんでした。それでは聞き込みに戻)
(ああリィト、待って待って、まだ閉じないで。ねぇ、あの女の子見なかったかしら。ほら私達を案内してくれた眼鏡の可愛い子。いっくら探してもいないのよねぇ。ああ、会いたいのに)
 離れているというのに、にやにやと笑っている姿が目に浮かぶ。
(あのツァイニー? 私情を挟みこむのはどうかと思うのですが……)
(いやぁね人聞きの悪い。……まぁ全くないと言ったら嘘になるけど。ほら、あの子校長の関係者でしょ。だったら校長について何か聞けないかな、と思ったのよ)
 どうしても校長を関係者に仕立て上げたいのかこの人は。まだ、十分な証拠も揃っていないと言うのに。……それよりも重要なのは。
(結局の所、今回の事件って何なのでしょう)
(それを明らかにするために調べているんじゃないの。それにしてもこんなに難儀な問題が舞い込んで来るなんてひゃ……コホン。十年振り位かしら)
 口篭った部分の言及は無論しない方向で。
(しかし、仮に投書の内容が正しいとして……既に発動してしまった可能性も十分にありえますよね)
(そうね皆無ではないわ)
(とりあえず、その心配は今の所ないようだけどね)
 突如割り込んできた声に目を瞠る。沈黙の間にはぁ、と第三者の嘆息が聞こえる。
(ちょっとちょっと、リィトはともかくさ、何で君まで呆けてるのさ、ツァイニー)
(さすがにこの不意打ちは虚を突かれましてよ。……アーネスト)
(修行が足りないよツァイニー、全く僕の元で何×××年仕えていると思ってるのさ)
 何年というくだりがくぐもって聞こえてのはきっとツァイニーの妨害だろう。
 それにしても一対一が基本のはずの思念のやり取りに割り込んでくるとは何と非常識な事か。それよりも離れている場所の遣り取りを察知して更に割り込める事が出来るとは何て計り知れない人なのだろうか。『アカデミー生のルティ=ティアンズ』はそんな人物ではなかった。確かに類稀な能力を秘めてはいたけれども、感じる力はほぼ互角だった。否、彼の方がほんの少し上位。
 今でこそ過信はしないけれども相手の力を推し量る感知力にはそれなりの自信がある。今感じる彼の気は明らかに遥かな高みに在るものだ。と言っても漠然とした感覚ではあるし、集中しなければ解らないが。
(年数は問題じゃありませんわよ。全く自由なんですから)
 一応指導教官であるらしいツァイニー。彼女の能力もおそらくはかなりのものだ。その辺りは流石はアーネストの補佐という事だけはある。それよりも気になるのは彼女の発言の方だ。貴女もアーネストに負けず劣らず、自由な方だと思うのですが。
(それで今どこにいらっしゃるんです)
(どこって自分の部屋に決まって)
(往生際が悪いですわよ、アーネスト。貴方がこういう事をする時は大抵外にいらっしゃると相場が決まってます)
 沈黙を挟んで答えが返る。
(はいはい。君に嘘はつけないね。そう、今僕は外にいるね。というか校内にいたりして。あっはっは)
 再び沈黙。何が楽しいというのだろうか。頭の中の混乱も極まれり、である。
(……アーネスト)
 沈黙を破ったのは色々と絡まった感情を押さえ込んで搾り出したリィトの言葉だ。
(やあリィト元気? ひとっことも喋ってくれないからどこか具合でも悪いのかと思っちゃった。はいはい、何かな?)
 今朝会ったばかりで元気も何もないだろう。飽くまで楽しげな声は怒りを通り越して嘆息ばかりを誘発させる。
(貴方はどの程度真実をご存知なのですか?)
(直球だね。僕も正直さっぱりだよ)
(だったらさっきの「その心配はない」というのは一体どう言う意味なのです)
(ああそれね。術はまだ発動してない、そう言う意味だよ。まだ、大丈夫)  まだ。それではまるでこれから発動されると言わんばかりではないか。何がさっぱりだ。呆れが怒りに変換されるのを必死に堪える。
(言っておくけどさっぱりっていったのは真相が見えないって事だからね。僕はこの目で見た事から今の発言に至ったに過ぎないんだから)
 全ての感情がだだ漏れにならないように『壁』を作っているはずなのに。心理の裏を察知され、目を瞠りながらぎり、と拳を握る。お構いなしと言わんばかりに、ルティの言葉は続いていく。
(いいかい二人とも。これは君達の任務だ。君達だけ、のね。でも残念ながら今の状況では君達だけじゃ解決できない。それにしても様子見に来て大正解だったね。やれやれ。えーと……コホン。でもねだからと言って簡単に助け舟を出すわけには行かない。とりあえず見たままの事実を君達に伝えるからそれを頼りに答えを導いて欲しい)
 一瞬流れる沈黙。緊張の中、言葉を待つ。
(今僕いの目の前には古代の魔術書を開いてせっせと陣を構築している女の子がいる)
(……え)
(何ですって?!)
 ルティの言葉を受け、ほぼ同時に響く二人の驚きの声。古代の魔術を使おうとしている女子生徒。その部分が確かなのがはっきりしたのだから。しかしそれよりも驚くこと、というよりは問いたい事実が一つ。
(何故、それを傍観しているのですか)
(それは彼女を捕まえるのは君達だから)
 さも当然の様に言い放たれる言葉に心の枷が外れかける。
(……最悪の事態が起きたらどうするおつもりなんです!)
 荒くなる言葉。もう少ししたら本当に普通に叫んでしまいそうだ。気まぐれなのも大概にして欲しい。リィトの感情とは対称的に、飽くまで淡々と。否、楽しげですらあるルティの言葉。
(その時は君達の負け。懸念するのならば勝てば良い。それだけの事だよ)
 含み笑いをしながら放たれる言葉。その意味を一瞬忘れさせられてしまう程に本当に楽しげに、それはもう嬉しそうに伝ってくる言葉。熱くなった感情が一気に鎮火してゆく。勝敗とかそういう次元の話ではないだろうに。
(解りましたわアーネスト。全力を尽くしましてよ。ね、リィト)
(……ええ)
 この状況で何故反抗できようか。
(それでその女子生徒の特徴などをお教えくださると助かるのですが)
(えー……。んー、まあそれ位はいいか。ええとね、眼鏡かけてて髪は肩くらい、色は赤みの多い茶、かな)
 瞬時に頭の中に思い浮かんだ人物―あの案内役の少女と条件は一致している。だがそれだけでは決定打にはならない。
(その他に特徴は?)
(え、なんだ。まだ必要なの? もう十分でしょ)
(お願いします。こちらで思い当る人物と条件が一致しているんです)
 うーんと考え込んでいるような呻きに近い言葉が走る。
(ん、じゃあちょっとまって目を瞑って貰える?)
 言われるがままに目を閉じる。理解不能な言葉の羅列が聞こえる。もしかしたら精霊言語とか言うものだろうか。元来の精霊の言葉を紡ぐことで、より強い術の発動を可能にするという上級の秘術。目元につんとした痛みが走り、軽く閉じた目元を硬くする。痛みはすぐに和らいでいったが、後には妙な異物感が残った。何かが目元に介入してきた、それだけは解る。
(もういいよ)
 ゆっくりと瞼を開く。目元に感じる煩わしさは目の前に広がった光景に吹き飛ばされてしまった。先程まで見えていた世界とは異なるもの。目元に在る異物感はルティの視覚の一部。今自分の目に映るのはルティの見ている世界。その証拠にリィト自身が顔を移動させても見える世界は全く変わらない。ルティ自身が動かない限りは。
(ええとね、こんな娘だよ)
 視界が逆時計周りに旋回していく。やがてその中心に映ったのは、あの少女だった。古い書物を見つつ、せっせと魔方陣を組み立てている。チョークを置き、本を閉じて汗を拭っているような仕草をしている。……ちょっと待て。 (この娘の名前はマリエラ、だよ。じゃあね二人とも)
 言葉の終了と同時に元の視界が広がる。しかしそれに安堵する事はなかった。本が閉じられた。だたそれだけで決定付けるのは早合点なのかもしれない。しかし可能性の一つとして見過ごす訳にはいかない。魔方陣はすでに完成したという事実を。詠唱なのか、血の契約か。発動の方法がなんであるかは問題ではない。一刻の猶予もない。立てられる根拠ある仮説はそれのみだ。
(ツァイニー!)
「……解っていてよ」
 読んだ相手がいつのまにやら傍らに移転して来たのをリィトが認識した時には、もう彼の体は彼女に抱き寄せられていた。またもや魅惑的な胸元が眼前に迫ったが、それを気にする余裕はない。
「さああのババ様と直接対決よ」
 聞こえる声はこの上なく楽しそうだ。

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