おいでませ冒険者! 

その3「カボチャとサバイバル」

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「色々備品が底突いてきちゃったのよね。明日の朝までそれ届けてくれない?」
 幼馴染であり、実質宿の経営を取り仕切っている『ターシェン』の看板娘エリスが『ラント商会』に依頼してきたのは夜半の事だった。
 大抵の店は灯りを消し、冒険者のためと銘打っておきながら冒険者の来訪が少ない為に、客の大半が村の住民だという酒場がおぼろな光を灯しているくらいの夜中である。
 父は隣町への買い付けで不在。母と五歳年下の妹は夢の中。リイダは日課の在庫確認を終え、倉庫から店兼自宅へ戻ろうとした時だった。
「朝まで……ねえ。明日は配達多いから、正直厳しいかなあ……」
 順番通り。割り込みは禁止。子供だって解る常識である。
 ただ備品が尽きては、万が一の時に対応できず、営業に支障をきたしかねないだろうこともリイダは理解していた。
 だったら直接店に買いにくればいいじゃないか、とも思われるだろうが母子二人で切り盛りしている宿屋にはなかなか現場を離れる余裕などはない。
(……もっとも客が少ないとき見計らって出歩いている時も多いけどね……)
 それはともかくも、モンスター相手にたいまつ振り下ろすような爆裂娘も親友の気持は汲み取ったのか、若干気まずそうな表情を見せる。
「そ……底尽いたっていっても若干あるにはあるんだけど……無理だったらもーちょっと遅めになってもいいから! 何とかお昼までにはどーにか!」
 真剣に手を合わせて懇願してくるエリス。いつにもない表情だけに、反応に困ったリイダは頭をかく。
 うーん、と呟きを漏らしながら貰ったメモを見る。
「……解ったよ」
 ぽつり、と呟くリイダの耳に「え?!」とエリスの軽く驚いたような声が届く。
「これだったら全部在庫あるし、緊急を要するものもさほどある訳じゃないから、昼までだったら何とか」
「ホントに?! あーよかった。これで何とか面子は保てる!」
 やっぱりいつものエリスだ。リイダはふう、とため息をつく。
 むっとした表情をみせつつも、何も言い返しはしないエリス。無理を言っている手前、文句を言える立場ではないと思っているのだろう。
 こういうところは律儀だし、いい所だよなあ、と素直に思う。
 スコップ持ってスケルトン追いかけたりするのは勿論どうかと思うがそれはまた別の問題だ。
「それにしても珍しいね」
 (たまに放置している気もするけれど)手堅く宿屋の仕事をこなしているエリスにしては備品の確認を怠るなどかなり初歩的な、いわぱ「らしくない」ミスである。
「だってここ一週間くらい色々ありすぎてさー。後暑過ぎ! こんなんじゃ頭回らない!」
 確かに。魔王様と冒険者様が来てからは多少慌しい日々が続いたかも知れない。自分も数日前、スケルトンに追いかけられるという貴重な体験をしたばかりだし。
 あと表では言ってはならないといわれているけれども、フレオの泊まっている部屋に魔王様が夜這いをかけようとしたことが何回かあったらしい。その対処にも追われていたようだ。
 いつもは騒動なんてほぼ無縁の「ただ泊まるだけ」の宿屋だけに、エリスのイライラは沸騰寸前だったはずだ。
「ご苦労様。あと暑いのは確かに俺も異を唱えたいかな。今年の夏の暑さは異常だよ」
「そーよね! 限度ってもんがあるのよ。限度ってもんが! 氷出せってしつこくいう客をあしらわなければならない身にもなって欲しいもんだわ! どっかのアホバカ色ボケ魔王はながったるしい髪まとめもしないで、ばっさばっさとうざったくてしょうがないし!」
 ゴメン、それは理解できない。そして後の文句は思いっきり私情が入っていやしないか。
 でもある意味同意は出来る。確かにあの髪は暑苦しい。黒って太陽の光思いっきり吸収するし、本人は暑くないのかな、と思ったところでひとまず思考を止めた。
 考えてもどうでもいいことだし、魔王様の名誉のこともあるし。
 それにしたって本当にこの夏の暑さは異常だ。
 夜半ですら、ちょっと在庫確認で動いた程度で汗がにじみでてしまうくらいには。
 そしてしっかりものの宿屋にミスをさせてしまう程にも。
(いや……天気のせいにしてもだめなんだけどね)
「あーあ。……とりあえず明日はよろしく!」
「承りましたっと」
 足早に去っていくエリスの背中を見送りながらリイダは明日はちょっとは涼しくなりますように、と天に祈った。
 祈りむなしく、次の日はこの夏最高の酷暑になるなど知る由もなかった。

*      *      *

「おばさんゴメン! これ一旦ここ置かせて! ちょっとしたら戻ってくるから」
 顔なじみのおばちゃんは水撒きしつつ、はいよーリイダくん頑張ってねーと手を振って激励してくれた。いやな顔ひとつせず有難いことだ。
 大いにお言葉に甘えて台車を止め、「ターシェン」に届ける荷物数箱を抱えてその場を後にする。数箱ならば、こうやって運んだほうが台車をぶつけないように注意するより楽だし、時間もかからないからだ。
 とにかく約束の時間から出来るだけ遅くならないようにしなければ。
 万が一時間に間に合わないと思っても開き直るな。とにかく全力で走っていって誠意を見せろ。それが配達人ってもんだ。
 物心ついた時くらいから叩き込まれた父からの教え。
 体に染み込んだ言葉を原動力にリイダは全速力で走った。

*      *      *

「もう、遅かったじゃ……」
 文句を言いかけたエリスも、リイダの状態を目にしては流石に口をつぐませた。
 顔を紅潮させ、汗をダラダラ流し、肩で息をしているリイダはそれでも下を向くことなくまっすぐにエリスの顔を捉えている。
 面と向かっているエリスの口は僅かながらに引きつっているのが、リイダにも見てとれた。
「え……えーと……ギリギリ今使い切ったばっかだったから大丈夫! 大丈夫! 顔下ろしていいから。多少遅くて早くしてよ何やってんのよってイラついてたのも本当だけど、支障なかったから……てか正直その顔コワい!」
 エリスとしては凄く気を使ってくれているのだろうし、リイダも長い付き合いで理解している。が、この場において顔が怖いとかちょっと胸に突き刺さるものがあったリイダである。脱力感が半端ない。
(……ってそれは走ったからか)
 ぜえはあいいながら言葉に甘えてカウンターに突っ伏すリイダ。
「待ってて。今お金持ってくるから」
「……んー……」
 だるさを感じながら必要最低限の返事をするリイダ。
 扉がしまる音が聞こえると、深く息をついて落ち着かせようと試みる。
 呼吸は落ち着きつつあるが、脱力感は消えないし、妙に体が熱い、何か頭も痛くなってきた。
(まずったなぁ……まだ荷物残ってるのに体力持つかなあ)
 真っ先にそんな思考をするあたり、仕事に対する責任はそれなりにあるリイダである。
 しかし吐き気まで覚えた頃にはご苦労も一言もなしに、誠意の行動(まっすぐ客の顔を見る! これも父の教えだ)に対し「顔がコワい」と言い放った幼馴染に愚痴の一つでも言いたくなっていた。
 ルカもそうだけど、怒らせると何するか解らないし怖いから、適度に対応して、まあまあ本気で怒らせない程度には色々突っ込んでおいて……そうやってうまくつきあってきたけど、たまにはこっちがキレてもいいと思うんだ。たまには。
(……って今回は俺が遅れたのが原因……か)
 ちょっと気分が悪くなったからってどうかしている。これじゃあただの八つ当たりと同じじゃないか。
 誰かに文句を言う、ということは飽くまで相手に否があるときだけだ。そうじゃなければ、それはただの悪口だ。
 エリスが文句を言ったのは遅れた事に対してではなかったか。コワい、は余計だけど。
「……やばいかも」
 間が持たず搾り出した声は、知っている人間が聞いたら誰でもおかしい、と思える程に低い呟きだった。
 考えてみればなんで全速力で来ちゃったんだろうか。普通ならば適度な余力を残しつつ、誠意が伝わる程度に走っていたというのに。(もちろん、いつもは滅多に遅れることはない。遅れるのはかなり稀だ)
(こんなこと言ってたら父さんにどつかれるかもなあ)
 体の熱を感じながら、ああやっぱり暑さは人を狂わせるのだろうか、とリイダは思う。
 しっかりものの看板娘の失敗を誘ったように、ことなかれ主義の少年に無茶をさせるくらいには。
「……あつい」
 だから自分の失敗の責任を暑さに転嫁するな。理解していても異常なアツさには耐えられない、太陽がにくい。
 視界が薄暗くなっていく気配を感じて、リイダはああやっとのことで雲がかかってきたのかな、いいぞとりあえず今日はおとなしくずっと隠れていて下さい太陽様、と願った。
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