おいでませ冒険者! 

その3「カボチャとサバイバル」

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「そーいえばリイダはエリスさんとルカさんとどっちが好きなのですかっ」
 本来の姿に戻っているサシィは目をキラキラと輝かせてリイダに尋ねてきた。当のリイダと言えば、唐突な質問に慌てることなく淡々とサシィが淹れてくれた冷たいハーブティーを飲んでいる。
 サシィは笑顔が一変、不機嫌に口を尖らせた。
「ぶー。リイダって今いくつでしたっけぇ?」
 声を低くし、軽く睨みも聞かせてくるサシィであったが、いかんせん掌サイズの小人さんなので、威圧感の欠片もない。むしろ可愛い。
「今更突っ込むけど、人間の偽装解いて大丈夫なの?」
「ずっと、人間のかっこしてると疲れるからむしろしないと体力がもたないのですよ。シスター=ティーザさんにはどうやらばれているようなので見つかっても問題ないのです」
「いや、酔っちゃうのとか」
「慣れたのです」
「……そうなんだ」
 順応早すぎない? 魔族と教会の相性の悪さについてはよくわからないけど、初めて会った時にあんだけいやな顔していたのにこんなに早く克服とかって法則性とかそういうのは無視なの? と突っ込みたいリイダではあったが、面倒なのでやめておいた。
 きっと優秀な使い魔だから、どうにかなってるんだよ。特別な魔法があるとかね。便利だなあ、魔法。
 うんうん、と言い聞かせるように納得(しているふりを)するリイダ。
 とにかくもきつい服をゆるめるようなものなのだろう。
 文字通り「羽を伸ばしている」サシィは得意気に話した後、はっと目を瞠ってリイダを凝視する。
「おっとぉ。話を逸らして人の質問に答えないなんて、男の風上にもおけないのですよ! まあうちのへたれ魔王よりは、何千何億倍もいいですけど!」
「当年もって十五歳だよ」
 あっさりとした返答に、意気込んでいたサシィは拍子抜けさせられたのか「ほへっ?!」と素っ頓狂な声をあげた。その仕草も可愛らしい。
 ルカがいたらこっそりにやにやしているところだろうな。目を丸くしているサシィを見ながら思う。
 甘いものが大好きな乙女なシスターは、実はちっちゃい可愛らしいものなら何でも大好きなのだ。
「えーと、リイダ? 素直に答えすぎるのも時には駄目なこともあるのですよっ! そんな事では女の子にもてませんっ!」
 手足をばたばた、黒い羽をぱたぱた揺らしているサシィは、口を尖らせて明らかに不機嫌そうである。
「別にもてなくてもいいけど」
「なんとぉっ!!」
 どこか投やりなリイダの応えに、絶叫とまではいかずとも、大きな声で仰々しく驚いてみせるサシィ。
 足してリイダはごりごりと氷をかじりつつ、ころころ変化するサシィの表情を冷静に眺めている。
「いいのですかリイダっ。十五歳の時は今しかないのですよっ。多感な時期に女の子に興味がないなんて、なんてもったいないっ! 甘酸っぱい思い出のない青春なんて青春にあらずっ!!」
 びしぃっ! とリイダの鼻先を指差すサシィ。
「……はぁ」
 そんな、やたらと語られてもなあ。
 冷静だったリイダもさすがに対処に困ってきた。
 教会に(というかほぼルカに)いつもの定期便――すなわち母特製のお菓子を届けてちょっとだけ休んでいくはずだっただけなのに、どうしてこういう展開になったのだったか。
(えーと。あ、そうだ。確かルカとエリスといつから知り合ったのか、とか最初に聞かれて……)
 それが二転三転して、「どちらが好きか」という話になったのだったっけ。
 氷もなくなり、間をもたせる材料を失ったリイダは所在なげに頭を掻いた。
「えと、話を盛り上げて貰っているところでゴメン。俺、ぼちぼち残りの配達行かないとまずいんだけど」
 言うと、不機嫌さが一変、目を瞠って慌てふためくサシィ。
「……あ。あわわわわっ。ごめんなさいなのですよ。ついつい一人で盛り上がってしまったのです!」
 いわゆる「恋バナ」を熱望する女子ならば、無理強いしてでも食いつこうとするところだが、ここは流石に魔王様の優秀な使い魔。といったところか。
 色々質問攻めにあっても切り抜ける術は備えているので困ることはないだろうが、配達が滞ってしまうのはよろしいことではない。
 信頼問題に影響するし、それは店の経営危機へとつながっていく。
 極論を言えば、
「働かなければ飯が食えない」 
 そういう事である。
 この村みたいな田舎では生活保障もろくに付かない。一瞬の気の緩みが死活問題へと繋がりかねないのである。
 大げさかも知れないが、それが現実だ。
「じゃあ、続きはまた今度ですっ!」
 持ち越すんだ。
 嬉々としているサシィに、断る理由もないリイダは「うん、またね」と返しておく。
「お仕事頑張ってくださいですよ。あ、あとぼーしかほっかむりかした方がいいですよっ!」
「うん。ありがとう。ルカによろしく伝えておいて」
 応接室を後にし、外に出るとこの季節特有のなまぬるーい空気が入り込み、若干気合が萎えそうになる。
(せっかく、冷たいものとか貰ったのになあ……)
 しかし、現実は待ってはくれない。
 年齢が二桁になった頃から父親と二人三脚で配達業をこなし、手順はすっかりこなれたリイダであったが、気候だけは慣れない。特にこの季節が一番億劫だ。
 諸国を行脚している冒険者様はこの村は比較的過ごしやすい、と言っていた。彼が前に立ち寄った街は、湿気が多くて立っているだけで汗がぽとぽと流れるくらいだったとか。
 しかし村を出たことがない身としてはこれが夏の暑さだ。どこそこよりかまし、といわれたところで涼しくなるわけでもない。
「……それはともかくも、配達多すぎない?」
 配達のリストを見て、大抵の日常の事には動じないリイダの顔にも若干の不満の色がよぎる。
 朝早くに配達を初め、今太陽は南の空に燦燦と輝いている。それなりに時間は経過しているはずなのにまだ半分にすら達していない。
 少々教会で休憩していたことも原因かも知れないが、一番の原因は配達の絶対量がいつもの比じゃないことだろう。通常よりも一回り大きい台車を見ながらリイダは本日幾度目かのため息をついた。
 暑い中買いにくるのは確かに億劫だ。配達可能ならばそれを利用するのが利口というものである。
 だが忘れないで欲しい。十人がそうやって楽を選ぶのならば、その十人分の楽を苦労として肩代わりしている者がいるということを。
「……いくかあ」
 愚痴をいったところで荷物は減らない。減らないと仕事も終えられない。仕事を終えなかったら帰れない。そのためには動くしかない。
 よし、と軽く気合を入れて台車に手をかけると、同時に腹の虫が鳴った。
 意識した途端に空腹感がどっと押し寄せてくる。
「何で今鳴るかな……」
 頭をかきながら辺りを見回すリイダ。しかし台車も止められて、かつ携帯している昼食も広げられる村の中央広場までは多少距離がある。
(だったら通り道の配達先も回って、休憩にするのが一番早いかな)
 汗をぐい、と一気にぬぐって足を進めた。

*      *      *

「やっぱり暑いよなあ……」
 村から程遠い草原の中。日課になりつつある魔物の生態調査をしていたフレオは、ため息をつきながら雲ひとつない晴天を仰いだ。
 手をかざしてもなお、その手を振り払わんとごとくに鋭さをもった光と熱が降り注いでくる。
 暑い、やってられない、というリイダに年上ぶってかっこいいことを言ってしまったことをフレオは激しく後悔していた。
「自覚している以上に早く戻りたいって思っているのかなあ……」
 所在なげにフレオが髪を掻きあげると、大グモを威嚇していたチェカルがちぃ、と悲しげな泣き声を漏らしながら主人の下へと近寄ってくる。
「……チェカル? あ、そうか。ごめん」
 陽の光のせいで、温もりと呼ぶには熱を帯びているチェカルの頭を撫でながらフレオはぎこちなく微笑んでみせる。
「暑くてちょっと気持も弱くなっちゃっただけだよ。いつもより早いけど興はもう帰ろうか」
 風の魔法を発動させる。さぁっと降り注ぐ冷たい風が気休め程度ではあるものの、少々まどろみかけていた意識をはっきりとさせる。
 嬉しそうに甲高く泣くチェカルの声を耳にしながら、フレオは小さく見える村を目にどこか悲しげな表情を浮かべた。
「……そろそろ潮時かな」

*      *      *

 暑さは人を狂わせる、とはどこで聞いた言葉だったか。
(それにしたって……急な要望だったとはいえルカの届け物は覚えていたのに……どうかしてるよ……)
 休憩を取るはずだった広場を素通りし、心なしか早歩きで(走って荷物が落ちてしまっては大変だ)リイダは次の届け先へと酷暑の中、懸命に急いでいた。
 次の届け先――冒険者の宿『ターシェン』へと向かって。

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