おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 礼拝堂の椅子を半分位拭き終った所で、イーダははっと顔を上げた。
「何で当り前のように雑巾がけしてるんだ、俺!」
「いい傾向じゃない」
 燭台を拭くサシィが冷静に突っ込む。
「はいはい手を休めないの。手抜きをすると返って結果、労働時間の無駄ですからねぇ。あ、蝋燭一本切れそうですっと」
 淡々とメモをするサシィに、舌打ちするイーダ。と、次の瞬間軽い痺れがイーダの体を襲う。
「いでっ! おい、何しやがるてめぇ」
「助言してるのに、失礼な態度取るからですよ。おばか魔王」
「ほー……使い魔が主に攻撃魔法食らわすのは失礼じゃない、と?」
「お仕置きは罪には問えません。手加減してるだけ感謝してよね。……今出来る範囲の最大値は出したけど」
「それは手加減とは言わん!」
「じゃ、手を動かそうねー」
 にこにこと微笑みながら仕事に戻るサシィ。楽しげな鼻声が妙に耳障りだ。仕方なく、雑巾がけを再開したイーダはふと、妙案を思いつき、サシィのがら空きの背中を見る。
 サシィの魔力が幾分か開放されているという事は、自分もちょっとは魔力を使えるようになっているのではないか。いくらあの宰相が国一番の魔力の使い手とは言え、主と使い魔の契約効果を完全に捻じ曲げることは出来まい。外よりも若干だるい体が(昨晩まで気付かなかったのは考えない事にする)物語っている。少しは主従関係というものを思い直すがいい。放った魔王の力は、
「はいはい甘い甘い」
 小さな破裂音と共にかき消された。勝ち誇った笑みで振り向くサシィ。
「サシィはイーダの考えてることはお見通しって、いつも言ってるのに」
「てめ、必要最低限とか言っといて何魔力中和とか高位魔法使えてんだ」
「実力だよ、魔王陛下の使い魔なんだからこれくらいは朝飯前。あ、今はこのあたりが精一杯だけど。うぷぷぷ」
「! 本当てめぇ覚えてろよ!」
「はいはい。一度も魔力勝負で勝てた事ないくせして見栄張るのが理解できないけど覚えておきますよー」
「……もう黙っとけ!」
「はいはい」
 再びそれぞれの仕事に戻る。
「……でもまあ、それがイーダの良い所なんだけどね」
「あ? 何か言ったか?」
「別に?」

*      *      *

「イーダさんにしては上出来ではありませんの」
「にしては、は余計だっつのこのアマ……いでっ」
 評価に苦言を呈するイーダの足をサシィが思い切り踏んづける。
「これで座席の裏側まで綺麗にして頂ければ満点なのですけれども」
「そんな所全く見えな……いだだだだ」
 ルカの目には映らなかったものの、おそらくは背中かお尻でもつねったのだろう。
(とっても良い判断ですわ)
 感謝の意を込めて、サシィに目配せを送る。味方であるはずの使い魔が、よりにもよって敵(?)であるルカと結託しつつある状況を快く思っていないだろうイーダは、案の定苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ルカは、さらりと無視して話を続ける。
「礼拝堂は一般の方が出入りする場所ですもの。衛生に気を配るのは当然の事でしょう?」
「へーへー解りましたよ、解りまいででででで」
 いい加減な返事をしたイーダの耳を引っ張るサシィ。
「『解りました、ごめんなさい』! ちっちゃい子供だって言えるのに何故言えないのバカバカ!」
「とっても良い判断ですわ、サシィさん」
 今度は素直に口に出た。
「お前らな、勝手に妙な協定結ぶな! サシィお前は本当に誰の味方だ!」
「えー、何度言ったら解るんですかぁサシィはいつだって正しい人のミ・カ・タ」
「本当にふざけんなっ!」
 魔王様からしてみれば不都合な事この上ない、その場に、第三者の笑い声が入り込む。振り向いた先にいるのは件の修道士だ。
「失礼、余りに楽しそうでしたので、つい見ていてしまいました」
「あ? どの辺りが楽しそうに見えあだだだだだだだ」
 魔王の苦悶の声が届く中、ルカの視線は修道士に注がれる。諦めが悪いですこと、心の中では文句を付けながら笑顔を向ける。
「本日はどのようなご用件ですの?」
「え……嫌だなあ。解っていらっしゃるのでしょう?」
「そのお話ならば昨日お断りしたはずですわ。私はこの協会を離れるつもりはありませんし、私程度の技量では世界では有数の伝統を誇るポートム修道士協会の名に傷をつけますもの。もっと実力の見合った方をお迎えした方がよろしいですわよ」
「つまりお気持ちは変わらない、と?」
「ええ」
 だから昨日からそう言っているではありませんか、全く。心の内とは裏腹に、相も変わらずルカは笑顔を崩さない。
「……解らないです」
「何がでしょう?」
「類稀なる役目を神から与えられていながら、放棄する真似をするだなんて……正直正気の沙汰とは思えません」
 ため息が耳に届いた途端、ルカは笑顔を作るのを忘れた。

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