おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 正直夏の暑さは苦手だ。どうして夜の帳が降りてなお、こんなにも汗が流れてきそうになるのやら。それでも経費を減らすためなら、氷だって出し惜しみする。そうなのだ、人間ちょっとやそっとの事で死ぬ訳でもないのに、忍耐が足りない。喰いっぱぐれない、借金生活からおさらば出来る事に比べれば、暑さなんてどうってことはなくなるのだ。それに夏は日が長い、故にそれだけ灯りの燃料だって掛からない!
「素晴らしいわね! 夏! 最高ね! 夏!」
 言い聞かせるかのように、最後の灯りを点すエリス。勿論明るさは歩行が難なく出来る程度に押さえる。細部に至るまで節約術に余念はない。例え思いもよらぬ大金が入ったとしても。
「さすがに今から教会行くのは迷惑か……どうしたものかなあ」
 うむむ、と柄にもなく考え込んでいると、
「あれ、エリスさん? どーしたんですか?」
 ここ数日で、耳に馴染んできた声が聞こえて来た。振り向くと見た目同年代で中身青年の冒険者が覗き込んでいる。
「悩める乙女の事情に容易に首突っ込んでくるのはいけ好かないけど、お気遣いありがとう」
「……その事情を聞いてもいないのにキレてぶちまけたのはどこのどなたですか……。僕も返したから人のこと言えないですが」
 ここで立ち入ろうとしてすみません、と謝らない所は場数を踏んだ冒険者というところか。それともこれが地の性格なのか。
(別にどちらでもいいけどさ)
 そもそも今問題にしているのはそこではないし。
「それはどうでもいいとして」
「……どうでもいいんですか……」
 どこか残念そうなフレオの呟きを完全に無視して、エリスは言葉を続ける。
「丁度良かった。聞きたい事があるんだけど、ちょっとフレオさんの部屋にお邪魔してもいい?」
「別に構いませんけど……やだなあ、エリスさんってば、こんな時間に男の部屋に来ようだなんて大胆ですねえ」
 フレオ本人としてはほんの冗談のつもりだったのだが、目に映るエリスの表情があからさまに怪訝になると、焦り以外の感情は一気に吹き飛んだ。
「聞きたいことあるっつったでしょーが。ここでは出来ない話だって事ぐらい察しなさいよ、この税金ドロボーが」
 いや、冒険者優遇の制度は国が決めたことだし、税金取ってるのは認めるけど、民の暮らしを守る為にモンスター退治したりして帳尻は合わせているんだからドロボー呼ばわりされるのはどうかと。という台詞が喉から出かけたが、エリスから発せられる殺気とまではいかないまでも、おどろおどろしい空気を前に、掻き消えた。
「いや冗談です、ホント」
「ホントのホント?」
「ホントのホントのホントーです」
「これ以上悪ふざけするなら教会の反省室に魔王様と二人きりにするようルカに計らうよ?」
 反省室。それ自体はどういうものかは定かではないが、反省の為の部屋であるならば当然鍵は内側にはついていないのだろう。そこにイーダと二人きり。……絶対に嫌だ。
「ごめんなさい。もう言いません。だからその考えは思うだけでも止めて下さい」
「解ったならいい。じゃあすぐ行こう、見られてヤバイものはとっとと片しておいてね」
 踵を返し、その場を後にするエリスを、フレオははい……と呟いて見送るのみだった。 別に観られて困るものは特にないかな、ああ干してある下着は片さないと女の子は嫌がるかな、でも彼女は気にしなさそうだなー、と呟きつつフレオは思う。
 常識という概念は時に身を危険に晒す可能性を秘めている、と。

*      *      *

「ポートムの聖職者って結構潤ってるの?」
 部屋に来て、前置きもなしにエリスはそう切り出した。
「それはまた唐突な質問ですね。さっきの修道士の事ですか?」
 頷き、じっと見つめてくるエリス。その視線は真剣そのものだ。
「さて、僕もそれなりに諸国を回りましたし、修道院のお世話になったりもしましたけど、儲かっているという話は聞いた事はないですね。都市の財政によっては援助金の幅は違うでしょうけど……基本必要最低限の生活水準以上の金回りはないと思いますよ。しかしそう言う事でしたらルカさんに聞いた方が早いのでは?」
「てっとり早く情報が欲しかったの。でも教会はもう活動している時間じゃないのよ」
「なる程。この辺りの教会は古い慣習を守っていらっしゃるんですねえ。……あのちなみにこれは褒めているんですからね」
 田舎で悪かったね、といわんばかりにじとーっと目を細めているエリスに一応言い訳しておくフレオ。
「だから色々諸国を回っているフレオさんなら知ってるかなーと」
「でもポートムの、と限定されるとさすがに」
「じゃあそもそもポートムってどの位の都市なの? 潤ってるの?」
「元々豊かな国でしたけど、機械が導入されてからは飛躍的な成長を遂げているみたいです。学問の街としても有名ですから、知識も合わさって今やカナーテに迫る大都市になりつつあるとか」
 カナーテ、というのはこの世界の首都だ。夜でも昼間のようだとか、偉い人の家の敷地はこの村よりも広いとか、とにかく何もかもが桁違いという話だが、いかんせんいった事がないのでわからない。というかでっかい借金を抱えてからは、この村からすらも出ていない。否、食材を採りに近くの森や川に行く事はあるけれども。
「あの、エリスさん。何かまたまずいこと言いました……?」
「いや別に巡りめぐって借金苦を改めて実感してしまっただけだから気にしないで」
 むっとしたような顔されて、気にするなという方が無理なんですけど。思いつつも、話がこじれそうなのでフレオは発言を控えた。
「で、結局は何があったんです?」
「……え」
「え、じゃないですよ。ただポートムの情報聞きに来た訳じゃないでしょう? そもそもここでは出来ない話、って言ってましたもんね。支障があるなら話さなくてもいいですけど」
 押し黙るエリス。割かし感情表現がはっきりしている少女だけに、こういう態度をとられると困惑する。
「いやあ、あの……すみません、性分なもので……エリスさーん?」
「え? いや言ってくれるのは凄い有難いとおもってるのよ?」
 礼を言われ、思わず目を見開いたフレオに再びエリスの顔が曇る。
「何よ。私だって、ちゃんと現実位わきまえているわよ? 礼を言うべきところはちゃんと言うし、異を感じれば抗う、逆に自分に否があれば謝る……っても少々頭に血が上りやすい性質だから、判断が謝る事も多々あるけど、そういう性格も把握しているわよ。そんな訳でさっき廊下ではつっけんどんな態度とっちゃったのはごめんなさい。そんな訳でとにかくも気にしてくれるのは本当に有難いと思ってるの」
 簡単な返答すら入れられない程の話しっぷり。しかし流石に息が続かなくなってきたのか、ふうと一呼吸入れるエリス。隙を突くかのように、フレオはようやく口を開けた。
「いやあの良く解りましたんですみません」
「だから謝る必要はないんだっつの!」
 何からのだからかは解らなかったがそこは流しておく。エリスがどこか言いにくそうに、おもむろに口を開く。
「だからそのう……フレオさんは冒険者、じゃない」
 一瞬頭に疑問符が浮かんですぐ消えた。
「ああ、そういう事ですか。別に話を聞くだけなら金は取りませんよ」
 冒険者はモンスターを倒すだけじゃない。時には困った民衆のお役に立つのもまた仕事である。仕事、というからには有償という条件はあるけれども。
「そうなの。なら聞いてもらおうかな」
 素直だなあ。聞こえなかったのか、無視したのか。エリスはフレオの呟きには何も応じる事はなく、ポケットから何かを取り出す。
「コレ、どう思う?」
「どうって……また随分な大金をお持ちで」
「冒険者のフレオさんから見ても大金なら、やっぱ大金よね、これ」
 だから優遇とか言っても単に宿代とかが少し安くなるだけだし、ギルドの登録や更新とかで結構手取りは多くないし、定期的に仕事探さないと案外やっていけないだけどな。というか、初めてあったときにちょっと話したんだけどな。別に覚えてないならそれでもいいけど。
「で、それがどうしたんです?」
「あの修道士が出して来たのよ。というかフレオさんもその場にいたでしょ?」
「流石に金額までは見ていませんでしたよ。しかしこれは」
 紙幣に視線をやるフレオ。世界共通の紙幣でもっとも価値の高いもの。
「確かに修道士が持つには多いですね」
「でしょう?! 怪しいわよね、やっぱり! こんな大金持ってるなんて」
 椅子を倒さんとばかりに立ち上がったエリスをフレオは宥める。
「押さえて押さえて。確かに怪しい点はありますけど……大金持っている事に関しては一概におかしいとは言い切れないですよ」
「何でよっ! こんなお金大量注文の支払い以外で使ったことなんてないわよっ! 一般人がそんなに持ち歩かないものを修道士が持ってる訳ないじゃない!」
「と……とにかく座って下さい」
 ぶつぶつ言いながらも座るエリス。一息置いて、フレオが口を開く。
「すみません。一旦こちらからお尋ねしますけど……あの修道士の方って昼間ルカさんに会いに来た方、ですか?」
 興奮を抑えようとしているのか、エリスは黙って首を縦に振る。
「何をしに来たのか、お聞きしても良いですか」
「引き抜き……らしいけど。あの子、神聖術使いだし」
「なるほど。都でも使える人は珍しいですからね」
「そーなの?」
「そうですよ。魔法は修行次第で取得できますけど、神聖術は使い手を選びますから」
「俄かに信じられないけど、それなら何度もそういう人が来るのも納得がいくものだわ」
「初めてではないんですね」
 頷くエリス。興奮したせいで、乱れた長い髪を整えながら話を続ける。
「でもルカはあの教会を出る気がないから断り続けて、大抵の人達はその日の内にあきらめて帰っていったし、宿に泊まった人もいたけど、こんな大金出されたことなんてなかったのよね。やっぱり変よ、やっぱり!」
「エリスさん、声抑えて。聞こえたらここで話してる意味ないです」
「む……それはそうね」
「とにかくも目的をもって修道士協会から派遣されたとならば、旅費諸々でそれなりのお金を支給されていても何ら不思議ではありません。ポートムは結構距離がありますからね。ただ金銭にかんしては堅実な方々ですからね。宿代も聞かずに、ただお金を差し出した、というのはどうにも不自然な気がしますね」
「あー、もう結局どうなのよ」
「いやどうって聞かれても……」
 少々間があった後、フレオが言葉を続ける。
「とりあえず……ポートムの修道士協会に問い合わせてみます?」
 目を瞬かせるエリス。
「……そりゃそれが出来ればてっとり早いけど……ポートムは遠いんじゃなかったの」
「現地にいかなくても冒険者のギルドで情報引き出す事は可能ですよ。詳細な事は駄目ですけど名前だけなら大丈夫でしょ、明日にならないと使えないですけど」
「出来るならそれでもいいよ」
「あ、あと一つ問題が」
 何? と気圧せんばかりに問うエリスに、フレオは言いにくそうに口を開く。
「タダ、ではないんですよね、これが」
 あははと苦笑いするフレオに、金取るの?! と目を丸くするエリス。
「個人情報なのでね、一応。で、僕個人の調べものじゃないのでちょっとばかし負担して貰えたら嬉しいかなーと」
 確かにそれは道理だ。おいくら? と聞いて提示された金額はまあまあ出せないものではなかった。頭の中であれこれ計算して結論を出す。
「しょうがない。宿代一日タダと夕食一品追加で手を打つわ!」
「現物換算ですか……」
 残念そうなフレオの呟きに不満顔のエリス。
「現ナマじゃなければ納得いかないと?」
「……滅相もございません。しかし、それにしても」
 くすり、と笑うフレオに、不服そうに「何よ」と眉をしかめるエリス。
「何だかんだ言って友達思いなんですね」
「そりゃまあ一応付き合いも長いからね。心配ぐらいはするわよ? でもそんな事よりも」
 ほんのり温かくなったが一変、フレオの表情が固まる。
「たかが一介の修道士が商人のうちよりも羽振りが良いなんて納得できないもの!」
「本心はそこなんですか?!」
 世界は、本当の本当に広い。

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