おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 大地を照り付ける太陽がようやく西の空にその姿を隠そうとしている夕刻。茜色に染まる美しい景色にたそがれたい所だが、体からじわじわと染み出てくる汗がそれを許してくれない。真夏、とはそういう季節なのである。
「お嬢ちゃん。氷柱出して貰う訳にはいかないのかな?」
 自分を呼び止めた宿泊客である冒険者の首がすっぽり覆われている装備を見て思う。取りあえず、それ脱げば凌げるんじゃないの、と。
 まあ、もちろん今は人前だから服を着込んでいるのは理解しているけれど、部屋に入っている分には別に何も問わない。真っ裸になっていようが、都で大流行しているらしい恋愛小説(ルカ情報)を読んでいようが、知ったことではない。飽くまで宿泊場所、必要あらば夕食も提供する場、後はまあ頼まれたら出来る限り応えますよ、こちらからは自主的な干渉は一切しません。それが「ターシェン」(というかエリス)の経営理念である。
「申し訳ありませんお客様。村の資源にも限りがありますので」
「ふうーん。この前に泊まったポートムでは出して貰えたけどねえ」
 ピクリ。思わず口元が引きつりそうになるのを何とか堪える。噂では聞いた事はある。ポートムを含め、いくらか進んでいる街では「キカイ」というものが発明されているらしく、人間がやる事をその「キカイ」とやらが代わりにやってくれるのだとか。服を洗ったり、畑を耕してくれたり、そして水を氷にしてくれる「キカイ」も。でもそこはそこ、ここはここだ。
 ここは田舎だ。でも田舎は田舎なりに現状で普通に生活できているのだ、そこのやり方に従うのがルールってもんでしょうが。いや、別にスライムを退治してくれる「キカイ」もあるのかなぁ、とちょっと思っちゃったとは言わないけど。
「申し訳ありません」
 仕方ないなあ、とどこか不満げに去っていった客の背中を見てエリスは思う。暑さごとき耐えられんくらいなら冒険者なんて辞めてしまえ。
「夜分すみません。お部屋空いてますでしょうか?」
 北の山麓で野菜でも作ってろ、全く。
「あのー……?」
 高原野菜は高値で売れるぞ。
「……あれ? エリスさーん。お客様ですよー?」
 少なくともこんな田舎でスライムや大グモを狩っているよりかはよっぽど儲かる。
「エリスさ」
「たのもうっ!」
 叫びにも近い声にさしものエリスも肩をびくつかせる。振り向いたそこにはそんな声を上げたとは信じられない程に華奢な体付きの、中世的な顔立ちの男。声に驚いたのか、きょとんとした顔で男を凝視しているフレオと主人を苛められたでも思っているのか、ペシペシと男の頭を叩いているチェカルの姿があった。
「この宿の方ですか?」
 叫んだ声はなかったかのように、その笑顔は人畜無害そのもの。何か妙な気がしないでもないけど、泊まってくれるならまあ文句は言うまい。今のは気づかなかった自分も悪かったからそれでいいことにしよう。
「はい。お泊りですか? 部屋ならご準備できますよ」
「ではお願いします」
 いつもの営業用の笑顔で対応しつつ、相手の身なりを改めて確認する。首から足首まですっぽりと覆う修道服。だたそれは見慣れた服とは色や襟の形が微妙に違う。……もしかしてこの人がルカの言っていた人だろうか?
「お客様、ではこちらにお名前と、差し支えなければ年齢、所属などお書き頂けますか?」
 差し出したメモに相手はすらすらとよどみなく必要事項を記入し、それを返した。
「ありがとうございます。あ、忘れておりました。何泊なさいますか?」
「少々言いづらいのですが……場合によっては長引く可能性もありまして……とりあえずこれで出来る分だけ」
 差し出されたのは、国全体で共通して使える紙幣だ。それを見て、軽く首を傾げたエリスに、相手もフレオも気づいた様子はない。
「……了解しました。追加料金必要な場合は請求しますので、よろしいですか? 当方は前払いですので」
「はい、解りました」
「それでは、準備が済むまで少々お待ち下さいね」
 はい。と笑顔で返す相手に、同じようにエリスは笑顔を返した。表面上は。

*      *      *

 地に光をもたらす太陽が西の空に傾く刻限。それはイーダにとってはここ数日の間に嫌気が差しまくっている時間でもあった。教会の屋根から見える村は早くもポツポツと家や街灯の光が灯り始めている。
「もう……夜か……」
「そうそう。ぼちぼち寝る準備するお時間ですよぉ」
 余りに聞きなれた声、振り向いて確かめる必要もない。視線はそのまま夜の色に染まっていく村の様相を捉えつつ、その表情だけがうんざりとしたものに変わる。
「全っ然眠くなんかねえよ……むしろどんどん冴えて来てるってのに、何でもう寝る時間なんだよ」
「まぁねぇ。ウチら魔族は夜行性だもんねー。でもまあ、ここではそういう決まりなんだからさ。ちゃんと従わなきゃダメでしょ。ったくイーダはこれだから他の世界の魔王さん達になめられるんだよ! 新米魔王は謙虚にしないと、国にも悪影響を」
「ったくぐちぐちうるっせえなあ、お前はっ!」
 苛立ちが頂点に達したイーダは思わず視線を話し相手に向ける。体の大きさと着衣以外は見慣れた使い魔の姿がそこに……否。
「オイ。お前、その背中のものは何だ」
「背中? ……はわ?! ついうっかり!」
 叫びとともにその背にあった黒い翼が何事もなかったかのようにその姿を消す。
「ふー……。ま、そんな訳で今のは見なかった事に」

「出来るかっ! てめぇ、魔王がなめられるとか言っておきながら主を差し置いて自分だけ力の封印解いているたぁ一体全体どういうこった!」
「そんなんイーダが逃げないためにきまってるじゃん」
「それはお前だけが力使えて良い理由になってねえよ!」
「しょーがないじゃん。ローディスと定期連絡するのに力ないと辛いもん。イーダは忍耐力とか足りてないから今の状況は良い修行なの。僥倖っていうんだよ。こういうの。大体ね、聖水ぶっかけられて痛い時点でおかしいって気づいてよね、全く」
 さしものイーダもそこはぐ、と言葉を詰まらせる。そんな表情を見せるのが嫌なのか、視線を村の方に戻す。
「……ザスの野郎の差し金か?」
「そ、魔王おもいですねえ、ホント」
「どこがだっ?! 第一、お前達の意見を仕方なく汲んでやるとしてもだ! ここは余りに肌に合わねえんだよ!」
 顔をしかめつつ、屋根の十字架に蹴りを入れる。しかししっかりと固定されたそれは逆になんとも言えぬ痺れを足全体に走らせただけだった。
 涙目になるイーダをやれやれ、とため息つきながら見つめるだけのサシィ。
「太陽出ている時に起きて沈んだら寝るって何つう神経してるんだよ。しかいも全員が全員そーしてるならまだしも教会の人間だけだって言うじゃねえかよ。理解できねえ」
 怒り心頭のイーダを傍目に、落ち着き払っているサシィは、うんうんそうねえと相槌を打ちつつも、
「規則正しい生活が出来るのはとっても良い事ですよ。それにイーダはしょっちゅう人間界に来ては明るい時間からフレオのオシリばっか追いかけてて太陽の下の生活だって別に平気じゃないですかぁ。うんうん、問題解決」
 魔王にとっては「口うるさい臣下の余計な一言」を付け加えるのを忘れない。
「つかあのアマ! ここに来てから巧妙なまでにフレオに近づかせないようにしてやがって! あれは教会の決まりとか全然関係ねえじゃねえかよ! 私情じゃねえかよ!」
 それも私情じゃん。それ以前に我が侭放題のへたれ魔王のくせしてなーに言ってるんだか。訴えは心に仕舞い、その代わりにサシィは盛大な深いため息を吐く。その違いに俺様魔王が気づく事はない。
「今日のお昼に会えたじゃない」
「……お前に縄で縛られて、だけどな……」
「ウルサイ。炎天下で木に括り付けて放置する選択肢を却下しただけ有難いと思いなさい」
「縄で縛ってる時点で有難いなんて思えるか!」
 叫んだと同時にイーダの腹の虫がきゅるる、と音を立てる。妙な間があった後、またサシィのため息が一つ。
「さっきご飯食べたばっかなのに、情けないなあ」
「重労働の割に飯の量が少ねえんだよ。ったく、質素倹約だかなんだか知らないがケチケチしやがって」
 再び十字架を蹴って、涙目になるイーダ。しかし、傍にいるサシィの表情は同じように呆れたものではなかった。どこか上目遣いに、首をかしげて、んー? とつぶやく。
「……何だ。急に口を噤まれてもかえって気味悪いじゃねえか」
「ん? あー、ハイハイ。イーダのお間抜け、我が侭、ヘタレ、学習能力ゼロー」
「従いどころが違うわっ! 今度は何変な事考えてやがるお前」
「別にぃ。変な事は何も考えてませんよー……今はね」
 今はって何だ、じゃいつもは考えてやがるのかどこが主想いだお前。耳に入る言葉はまるで入っていないかのように、サシィは村のある一点を凝視するのみ。
「おっきい街の教会はお金持ちなんでしょーかねえ」
「あ? 少なくともここよりはいいんじゃねえの?」
 別段気にもとめないで怒り顔のままのイーダと考え込むサシィ。その視線の先で日が沈み切るかギリギリの刻限にようやく「ターシェン」の灯りが灯った。

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