おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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「むぅ。スライムに火を近づけたらドロドロ溶けるだけかと思ってたんですけれども焼けるとは意外です。目からウロコです」
「え。突っ込むのそっち?」
 様子を見て来いとティーザに言われたサシィと、定期便を届けに来たリイダの2人が、勝手口の影からこっそりと顔を覗かせている。
 もうすっかり馴染みになった自分やルカはともかくも初対面のサシィも何の疑いもなく通すとは相変わらず人が良すぎるなおばさんは。ああ、もしかしたらシスター服を着ているからルカの関係者とでも思ったのだろうか。この母子を見ていると反面教師という言葉の意味がもの凄く理解出来る気がする。
「あ、でも火の属性のスライムは例外で耐火性があるから、溶けないで焦げ目がつく可能性はありかも!」
「いやいや、だからあれ見てつっこむとこそこ?」
 それよりも魔物に関してはそっちの方が詳しいのではないのだろうか。一応魔族な訳だし。ああでもこの世界の魔物は別の世界の魔王の仕業とか言ってたっけか。ああ、何がなんだか。……まあ深くは考えないのが一番だ。はいはい、終わり終わりー。
 自己完結させて視界に改めてサシィの姿を捉える。少々見下ろす程度の背丈になり、背中の羽もなくなっている彼女は本当に人間の少女となんら変わりない。
「? 何かサシィの顔についてますか?」
 視線に気付いたのか首を傾げてみせるサシィ。ぱっちりとした双眸に宿る金の色と、薄桃色の髪は正直見ない色だけど、ここは地図にも載らないド田舎。都には珍しい毛色の人間がいるものだ、とでも言えば済む事だ。
「……ついてる」
「えー? 何ですかどこですかはずかしいなーもうー!」
 そんな反応も何か普通の女の子っぽい。普段接している女の子達がああだから、イマイチ普通という感覚が麻痺してないでもないけれど。……まあ、それはそれで。
「目と鼻と口が」
「……え」
 取りつくろうとして出た結果が何でこれなんだ自分。案の定固まっているサシィを見て、再び取りつくろうと出た言葉は、
「ああ、ごめん。眉毛もついてるか、なんつって」
 だから何を言ってんだ自分。同じ事を難度も試みて何度も失敗した事を忘れたのか。お前の冗談は寒いんだリイダ。自覚しろリイダ。ほら、相手も呆れて言葉が出なくなって……、
「……ぷっ。あははははははははははっ、リイダってばおかしーですっ!」
 ……あれ、これは予想外の反応。
「いや、別に。当たり前の事言っただけなんだけど……?」
「えー、あーそーなの? いやでもすっごい面白いよー」
 幼馴染二人は論外。10にも満たない妹ですら「オヤジくさい」と蔑まれた始末だったのだけれど。思いっきり笑って貰える日が来るとは。ちょっと感動。ちなみにシスター=ティーザもいつも笑ってくれてるけどあの人の場合は笑顔が基本仕様なので対象外だ。
「ねえねえ、それで? 何でサシィの事見てたんですか」
 ってそこに戻るのか。やっぱり。
「いやー、本当に大きくなってるのなーと」
「ああ、うん。だってザスは優秀な使い手ですからっ」
「ザス?」
「うんうん。ザス。本名はザスカルドって言うんだけど。ウチの宰相さんです」
 サイショウ。……何か良く解らないけど、取り合えず王様の補佐をする人の事だろうとは思う。良く解らないけど。別にド田舎の道具屋風情がそんな人と接触する機会なんて万が一にも有り得ないし。それ以前にこの国って王政じゃないし。あれ、でも王様以外にも宰相って付くものなのかな。ううん、良く解らない。
「ナルホドねえ。でも大きさ変わるとやり辛い事とかないの?」
「んー、視界が違うってのはありますけどねえ。必要に応じておっきくなってた事も何回だってあるし、この大きさの方がイーダに突っ込みやすいので問題なしです。好都合です」
 ……後半部分は流しておいた方が良いんだよね? 突っ込みどころ満載だが、面倒な事になりそうな予感がするので心の中に留めて置いた方がきっと良い。それが平和な日常への第一歩だ。
「まー、それにやりづらかったら小さくなればいー事だし、全く問題なしです」
「え」
「? どーしたんですか? あ、やっぱ何かついてますか?!」
 いや、だから目と鼻と口がね。なんて言おうとした自分が恥ずかしい。二度目はないぞ、俺。
「力使えないのに……小さくなれるの?」
「?……はうぅっ?! う、は。……あはははははは!」
 きょとんとした後、何かを悟ったかのように驚愕の表情を見せたサシィ。失言(かどうかはまだ解らないが)をごまかすためか、思いっきり爆笑をかましているがその顔に浮かぶ冷や汗が本心は逆であることを顕著に表している。
「……あっはっはっは……。さて、さてぇ」
 一回大きく深呼吸し、びしっと指を立てて満面の笑顔。……いや、ちょっと口の端が引きつっているサシィ。
「そんな訳で綺麗さっぱり忘れちゃいましょう! それが平和への道!」

 どっちでも今の状況では、ある意味平和もへったくれもない気がするけど。なんたってド田舎の村に冒険者と魔王様がいるのだ。実害なさそうだから特別警戒する必要もない方達だけれども。
 まあ、何かあったらその時はその時で全力で逃げれば良い話だし。より安全な逃げ道は八歳の秋に確認済みだ。ああ、でも念の為今一度確認しなおすもの良いかもね。配達がてらにでも。今は暑くて面倒だから秋口の方がいいかな。
「忘れるのは無理だけれど、俺は口は固いから大丈夫だよ。そしらぬ顔に関しては職人級だし。エリスもルカもある程度ごまかせるし」
 得意気に言ってはみたものの、どんな職人だよ。俺。ちょっと冗談を褒められたからって調子に乗ってると痛い目に、
「ちょっ! どんな職人ですかそれは! あ、でもあのルカさんやエリスさんをやりすごせるなんて凄いですね、職人級というよりかもはや名人ですよ、リイダ!」
 ……褒められた。
「う……まあ、とにかく誰にもしゃべらないよ」
「ありがとうございますっ! 特別ザスにお願いして簡単な魔法は使えるようにして貰ったこと。絶対内緒ですよ」
 新たな情報与えてどうする。
「でもさ、一心同体? とかなんだっけ? 魔王様にはバレるんじゃないの?」
 俺も新たな情報引き出してどうする。面倒な事抱えるのはゴメンなはずなんじゃないのか、俺。冗談が受けたからって調子に乗ってるのか、俺。そうなのか、俺。
「んーまあ、詳しく言えば一定の条件に関して、なんですけどね。ああ、それは秘密ですけど」
「ああ、そうなんだ」
「だって片方が怪我とかしたら共倒れになっちゃうし」
「そりゃ確かに」
「まー多少。イーダの方にも影響している可能性もアリですけどね。とりあえずイーダはにぶにぶだから大丈夫です」
「……そーなんだ」
 そこは主人を立てようよ、という言葉が出かけて、でも何故だかためらわれた。何か主従という言葉が似合わない人たちだよ、本当に。あ、人じゃないのか。
「そうそう。でも一応念の為に確認はしましたよ? やっぱまだまだ一人前の魔王になるにはもっともっと鍛えないと、ねえ?」
 いや、ねえ? といわれても、ねえ? 何だか良く解らないけど、まあ俺には関係のない事だし、面倒だし。はい、終わりー。というか、今日の俺、舞い上がってしまったのかつい色々と聞き込んでしまった。何となく自己嫌悪。何となく反省。そんなリイダの心の葛藤は露知らず、サシィは嬉々として水鉄砲をくるくる回すのみだ。
 ……というかどこから出てきたの、ソレ。

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