おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 (魔王にとっては)不毛な争いによって本題から外れるどころかすっかり忘れられてしまっている中、『ターシェン』ではその本題についての議論が正に封切られようとしていた。
 清楚なシスターと髪振り乱した美少女が庭先で議論を繰り広げている、などという目立ちそうな光景もここではよくあるごくごく普通の日常だ。ただ、道行くスライムが敢えて『ターシェン』を避けて村の中を通り抜けている姿は、その議論……正しくは口論の激しさの度合いが通常より大きい事を示している……かどうかは不明である。
「という訳ですのよ! 人を馬鹿にしていると思いませんこと?」
 真夏の炎天下の中、汗を滲ませながら向かい合うエリスとルカ。
 『ターシェン』内で唯一直射日光から逃れることの出来る木陰にあるとは言え、暑さから完全に逃れる事は不可能だ。木が複数あればもう少し効果の程は違うであろうし、街の宿屋としての景観も良くなるのだが、いかんせん樹木の手入れというのは手間がかかる。そして何よりも費用がかさむ。
 脱、借金生活の為に少しでも無駄を省かなければならない中にあって実用を伴わない暑さしのぎと鑑賞用のみの植物に金をかけるのは無駄以外の何者でもない。というのがエリスの本音だ。これだけの木なら数年は薪を取りに行く手間もいらない、葉を腐らせれば畑の肥料代も浮く。それでも切り倒すという選択肢を取らないのは、切り倒すのは木がかわいそうだという自然に対する気遣いでもなく、木を植えた人に申し訳ないからという先祖に対する配慮でもない。木を切り倒して囲いや、最悪宿が被害を受ければ修理代がかさむからだ。万が一、その間に営業が出来なくなれば、その間の営業収入の損害だって馬鹿にならない。出費が多少かさむ方がまだましである。
「そんな訳でエリス? 今度こそ私の提案、受けて下さるわよね?」
 何もかもを委ねてしまうそうになる、吸い込まれそうな天使の微笑み。それが親友の前にあっては(いや、こいつの場合は他人の前でも十中八九そうなのだが)偽りである事を経験上理解しているエリスは、
「却下」
 それはもう心の奥底から自身たっぷりに答える。腰に手をあて胸を張って宣言するその姿には、潔さはもとより一種の男気すら漂っているようにすら感じられる。外見的には澄んだ緑色の大きめの瞳が印象的な美少女であるのだが。
「何故ですの! さっきからこの切なる思いをこんなにも訴えていると言うのに」
「……それ本気で言ってんの?」
「本気の本気ですわよ! 良くって、エリス? 確かに貴方がこの村に対してそれ程執着心がないのは理解してますけど、それでも生まれ育った村を余りに見下す言動……頭には来ませんの?」
 執着心がない、とは余計だ。確かにまあ、何の変哲もないド田舎だけどさ。
「まあ、ムカツクけどさ。けどまあ実際ココ、ド田舎じゃんよ」
 都へ行く為の中継地、とう名目でしか存在し得ないド田舎。名前すら地図に載らない村を軽視する輩は珍しい事ではない。そんな事は、理屈屋のシスターだって承知のはずだ。
「別にそんな建前は要らないのよ。どーせ、またしつっこい引き抜きの誘いがうざくなって、とっとと帰らせてやれって寸法なんでしょが」
「まあ、そこまで解っているなら何故……。何故、こんな仕打ちを……。この村に来てから早10年……ずっと貴方の事だけを信じて来たのに……何故ここにきて……っ!」
 可憐な美少女の思わず包み込んであげたくなっちゃうような涙目。いつ見ても見事だ。こればっかりは真似出来ない。つーか、やりたくない。
「そのままあんたに返すっつの! 何であんたの個人的な理由でウチの利益減らされなきゃならないのよ。大事な金ヅル取られる理由になるか! ったくフレオさんにも出て行けみたいな事言うし……営業妨害もいい加減にしてちょーだいよね」
「べ……別に出て行けなんて言ってませんわよ。というか今はフレオさんは関係ありませんでしょう? 今ここで問題になっているのはあのポートムのいけすかない聖職者に有るまじき言動を連発するあのいけすかない修道士のみですわ。ああ、いけすかないったらいけすかないですわ!」
 内側に纏められていた髪がばさりと露になってしまう程に頭巾を振り乱すルカ。そんな聖職者を見ながらエリスは思う。説得力まるでなし。胸元のロザリオもきっと嘆いている。立場なし、と。
「いけすかなくとも、泊まらせれば金入る。その分借金返済の足しになる。これ重要。あんたの主張はいけすかないから泊まらせない、そしたら奴はポートムに帰らざるを得ない……んな無茶な考えがあるか! 第一そんなしつっこい奴だったらここ泊まれなくとも、どっか他の家に頼み込むか、野宿するか、馬車で寝るかして夜は過ごせるんじゃないの? 」
 そこまで言われて初めてルカは口を噤む。すこし間が空いた後、それは……確かに……とか呟いてまだ黙り込む。
「で、馬鹿な考えは改めてくれるのかしら?」
「致し方ありませんわね。……ああ、不本意ですこと」
 憮然としたままのルカ。やれやれと思いつつも、しかし同時にすっきりしない感情が浮き上がっているのもまた事実だった。
「……ねえ、ルカ」
 ぶつぶつと呟いていたルカだったが、稀に見ない怪訝な表情で見つめて来るエリスを前にして、真顔になる。
「何ですの?」
「何か、他にウチに泊まらせたくない理由でもあるの?」
 深い詮索をし合わない間柄とは言え、全ての事が気にならないという訳ではない。ただ他人の面倒事を背負うのは正直に荷が重いし(というか家の事でそれどころじゃない)、何より人が自分で言わない事を穿り回すのは趣味の良い事ではないと思うからあえて突っ込むのを避けているだけの話だ。
「いいえ。さっき言った通りですわ。いつになく失礼な言い分をされて……ああ、後はちょっと聖職者にしては教会関連の事について知識が乏しいような言動があったので身元を疑っただけですわ」
 どことなく尻すぼみになった後半部分に、エリスは目を丸くした。
「ちょ……さっきまでの話に身元不明なんて入ってなかったじゃない」
「べ、別に身元不明かもと思っただけで確定はしてませんもの。後はこちらの問題だから、話す必要はなかったと思っただけです」
「って、今話しちゃってるじゃないの」
「とにかく!」
 揚げ足を取るように突っ込むエリスをピシャリと封じるルカ。
「血迷った事言って悪かったですわ。奴の撃退法はこちらで考える事にします。それじゃあ、ごめんあそばせ」
 くるりと回れ右すると、裏口から帰路に向かうルカ。
「……何だったのよ、結局」
 釈然としないエリスがその場に一人残される形になる。
「あ、そうそう言いそびれてましたけど」  立ち止まって、振り返らずに言うルカ。
「ちょっと前からそこでこそこそしているスライムさんが、お一人」
「……。……それを早く言いなさいよ! お前らまたしょーこりもなく、今度こそ焼きスライムになる覚悟は出来てるんだろうなコラ――――――――!」
 あ、お一匹かしら? まあどうでも良い事ですわよね。ルカの言葉が一人残される形のエリス、改め一人と一匹残されているエリスの耳に届かなかった事は言うまでもない。


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