おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 こうしてはいられませんわ! と言ったきり飛び出して行ってしまったルカを見送った後。何がなんだか訳が解らない状況の中に残されたイーダ、サシィ、ティーザの三人はとりあえず気を取り直す為に、という名目でお茶の時間に興じていた。
「引き抜き? あー、イーダ。掃除ってのはねぇ。隅っこの埃を取るのが最優先事項なんだよ。ぱっと見綺麗じゃ駄目駄目ー」
 否、イーダだけは箒と塵取りを手に床に散乱した白い粒々―ルカが某来客が帰った後に撒いた塩をせっせと片付けていた。
「……本当に、何で俺様が……こんなこと」
 再三言うが彼は魔王である。ちょっと遊びに出て帰って来る頃には部屋はピカピカ。そんなご身分の故に塵取りや箒は使ったどころか見た事すら滅多にない。……で、あるからして。
「あらイーダさん? それでは埃が纏まらないですわよ。掃いたら一回軽く浮かせて戻さないと」
 懇切丁寧な説明にも苦虫潰した様なイーダの表情は変わらない。……ったくうるせぇなあ……。ぼそりと聞こえない様に呟いたつもりの悪態の言葉を、しかし優秀な使い魔は聞き逃さない。
「てぇーいっ!」
「……ぐぇ?!」
 サシィの叫びとほぼ同時に後頭部に炸裂した鈍い痛みに思わずしゃがみこむイーダ。遅れて届いたあらまぁ大変というティーザの声は、自然と怒りを誘発させるも後頭部の未だ継続する鈍い痛みが、それを声として表に出す事を許さない。
 痛みを堪えつつ移した視線の先に見えたのは床に落ちた一本のティースプーン。小ぶりとは言え、曲がりなりにも金属製。投げ方如何ではそれなりの効果を得られる事は、今実証された。無論、正しい使用法ではないが。
 とにかくも手首をこきこきと鳴らしている使い魔は殊更に満足げだ。
「ううーん、大成功っ!」
 何がだ! と叫びたい気持ちとは裏腹に口から漏れるのは情けない程のか細いうめき声だけだ。
「もー、なっさけないなぁ。うりゃっ」
 ぴゅっ。と液体状の何かが噴出す音が聞こえるのもつかの間。今度は肩口に痺れるような、どっかで覚えのある痛みが襲う。
「って、いでぇっ! ……おいこらサシィ……てめぇ人が黙ってりゃさっきから好き勝手にやりたい放題やりやがって……って、何だそれは!」
「うん? ああ、これ? 教会特製超強力噴射機能付き水鉄砲携帯版二号。ルカさんに貸して貰ったの」
 あんのクソアマ。余計なもんをよりにもよってこいつに与えやがって。つか二号って何だ、二号って。
「凄いでしょう。それルカが作ったんですのよ」
 我が子を自慢するかのようににこにこと嬉しそうに話すティーザ。いやいや、そうじゃねえだろうが。
「なあ、おい。シスター=ティーザ」
「はい、何でしょう?」
 にこにこにこにこ。満面の笑みは色々と考えた文句を打破するが如く、何とも言えぬ圧力をかけてくる。こちらも相当ガンつけてやっているのだが、その表情からしてほぼ何の効果も与えていないのは明らかだ。それでもにらみつけるのを止めないのは魔王の意地に他ならない。
「確か教会の基本理念は全人民に対する慈悲の精神……そう、言ったよな?」
「まあ! 一度説明しただけですのに良く覚えていらっしゃいましたね。感心ですわ」
 にこにこにこにこ。……やっぱり調子が狂う。
「じゃあ聞くがよ。こうして武器振りかざしているのは慈悲に反しているって事にはならないのか……って、いでででッ! ……サシィ!」
 今度は首元を襲うぴりぴりした痛みに振り向くと、口元に片手を当ててうぷぷと笑いを必死に堪えている使い魔の姿。おろされたもう片方の手には予想通り例の二号がある。
「いついかなる時も、油断しちゃあ駄目だって言ってるじゃぁないですかぁ。うぷぷ」
「つか、お前のはわざとだろが!」
「ひどいですねぇ〜。何をしょーこにそんな言いがかりを、……うぷぷ」
「そのにやけ顔と含み笑いが良い証拠だろが!」
「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはー」
「爆笑でごまかそうとするんじゃねぇ―!」
「うふふ。仲良き事は美しきかな、ですわねぇ」
 だから本当に何をどう解釈すればこの一連のやり取りがそう見えるって言うんだ? ここまで来るとある意味脅威すら禁じえない程に変わらぬ微笑を称えるティーザ。これなら感情を露にしているあのクソアマの方がまだ対応出来るってものだ。無論あれはあれで大変問題があるのだが。
 そこまで思った所で慌てて考えた事を取り消す。脅威? この俺様が? 神に縋る事でしか道を見出せないようなひ弱な女ども(この教会には修道士もいるが)に? 俺様は魔王だぞ? 国に帰れば誰もが跪く、偉大なる存在なんだぞ?
「こーら。人と話しているときはよそ見禁止ですよぉ」
 まあ、中にはそこで武器ちらつかしている例外もいたりする訳だが。 例外? いや、まあこいつは元々口うるさい奴ではあったがここまで攻撃的ではなかった気がするのだが。ここに来て、まだ三日目だが……もう既にあのクソアマに感化されているんじゃあるまいな。
「禁止っつってるでしょーが!」
 かぽん。そんな間抜けな音ながらその実硬くて鈍い衝撃が側頭部を襲う。途端に熱くなる目頭が耐久度の低さを顕著に示している。
「あらあらサシィさん。そろそろ止めて差し上げたらいかがでしょう」
 さすがに涙目になった対象者を目にしたらそう言わざるを得ないだろう。というよりも余りに遅すぎじゃないのかよ。これは。全く慈悲の心が聞いてあきれる。
「余り乱暴に扱って壊れでもすればルカがご機嫌斜めになってしまいますから」
「……そっちの心配かよ!」
「ええ、それはもう苦心の作ですから」
「……今度からは大事に保管しとけって言っとけっ、特に悪戯娘に渡すなとよーく釘刺しとけ!」
「むぅー。悪戯娘とは誰の事ですか、聞き捨てならないですねぇー」
 はっきり目の前で水鉄砲(これで殴ったのは言うまでもない)をくるくる回しながら言われても何の説得力もない。終始苦虫潰したような表情のイーダ。
「わざとやってる時点であからさまな悪戯じゃないかよ!」
「それは被害妄想って言うんだよ、イーダ。別にサシィは悪戯のつもりでやってるんじゃありませんよー」
「……じゃあ、どんなつもりでやってんだよ」
 即答せずに何かを考え込む風のサシィ。それを怪訝な表情で見つめるイーダの姿はこれぞ魔王と呼べるような凄みを身にまとわり付かせているようにも見える……訳は全くなくその光景を見ているティーザは、全く変わらぬ笑みをたたえつつ、冷めた紅茶で喉を湿らせている。
 うんうんと頷きつつ、ぽんと両手を打ち鳴らしたサシィは、
「……嫌がらせ!」
 首を傾げつつそれはもう満面の可愛らしい、イーダ視点からしてみればクソ憎たらしい程の晴れやかな笑顔で答える。 後方から聞こえるうふふ、というティーザの声もクソ憎たらしい。
「てめぇ、それで俺が納得するとでも思ってんのか?」
「やだなあ。勿論だよ? そんなんでイーダが納得出来ない位はね。場の雰囲気を和ませるための軽い冗談じゃないのさー」
 和んでねぇ。全くもって和んでねぇ。唯一ティーザだけは和んだように見えるがそれは最初からだ。それを他所にびしっと指差しながらふんぞり返った格好になるサシィ。何でそんなに偉そうなのやら。これではどちらが主で従か解ったものでは……って冗談じゃねえ。主は間違いなく魔王であるこの俺様だ。
「いーい。よーく今までの事を振り返って考えてみれば解るでしょ? サシィはイーダがいけない事しているのに対しておしおきしてるだけじゃない。愛のムチだよ、愛のムチ」
「ほぉ。目をキラキラさせながら聖水引っ掛けたり匙で頭部を攻撃してくるのが愛情かよ」
「愛情表現は人それぞれだもーん。いいじゃん、無知な魔王様に愛のムチ。語呂も最高じゃない」
「全然うまくないわっ!」
「でもまあ理にかなってはいますわよねえ。偉大なる御父は迷える子羊の為、敢えて茨の道を与え試練を潜り抜けた人間には光が光臨する。一見、罰の様で、でもこれも間違いなく彼の者を者を思うが故の慈悲に変わりはないのですわ」
 最もらしいティーザの口上に明らかに怪訝な表情を見せるイーダ。しかし、じとーっとこちらを同じ様に怪訝な表情で見つめつつ、引き金を引く仕草を見せているサシィが目に映り、静かに視線をそらす。敢えて攻撃を仕掛けるのが慈悲、だと?
「……神の名を騙れば何でも許されるってか。便利だな、神」
「うりゃっ」
「でぇぇぇッ……!」

 条件反射で構えるも。痛みが体に走ることはなかった。ということは、
「……ひっかけかよ!」
「むぅ、違うー。燃料切れですー。残念っ! 最も肝心な時にぃっ!」
 よくよく手元を見てみればしっかりを引き金は引かれている状態だった。イーダの心にはイライラがひたすらに蓄積されるのみだ。
「ああ、サシィさん? 聖水は貴重品ですからね。その事を心に留めて、補充して下さいね」
「つか必要外だろがオイ!」
「それもそーですねえ。貴重な資源なら攻撃の一回や二回我慢しなきゃ、ですよねえ」
 苦虫潰しながらもまあここで一旦攻撃(つかやっぱ愛のムチじゃないんじゃねえか)の手を止めるようなので文句は口にしないでやる。近年稀にすら見ない魔王様の妥協の精神は、
「愛のムチの手段は何もこれだけではないですからね」
 ものの数秒で瓦解した。


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