おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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 重ねて言うが俺様は魔王である。呼び鈴一つ鳴らせば食事、肩もみ、なんでもござれ。文句を言う奴は誰もいない。何故なら王とはそう言うものなのだからだ。
 ……じゃあ何で俺は、葉っぱから茶を淹れているんだ。しかも他人の為に、重ねて言うならば人間の為に!
*      *      *

 「ああまだ注いではいけませんよ。この砂時計が落ちるまで蒸らすんです」
 駄目出しするなら自分で淹れやがれ。
 この人間にいくら悪態をついたところで効果がないと悟っているイーダは、心の中で悪態をつく。どうにもここの人間は調子が狂う。こちらがどんなに叫ぼうと嫌味を言おうと、静かな口調でさらりと流してしまう。それが妙に芯が通っている感じがして、反論する気を吸い取られてしまう気さえ覚える。
 居心地は正直言って非常に悪い。指に納まっている指輪を恨めしく思う。これさえなければこんな所ぶち壊してやるのに。威力が落ちても、吹き飛ばす位訳ない。
「色さえつけばいいんじゃねえの? こんなん」
「色は付きますけど葉の中にあるおいしさが十分に出なくて渋いだけのお茶になってしまうんですよ」
「そうそうお茶1つ淹れるのにも手間ひまかかってるの。理解できた?」
「お前は本当にどっちの味方なんだ、サシィ」
 穏やかに微笑んでいるティーザと、それに乗じていつも通りの突っ込みを入れるサシィ。一体俺が何をしたって言うんだ。叫び散らしたいのをぐっと堪える。
「そんなの決まってるでしょ。サシィはいつだって正しい方のミカタ」
「そうだな、聞いた俺が毎度の如くアホなんだよな」
「アホというか、学習力足りませんよー? な、おバカさん? ぷぷっ」
「……えーと、シスター=ティーザ。まだ駄目なのか?」
 ええー?! 無視ですか? ヒドイー。おバカー。という使い魔のぼやきはさらりと無視。
「駄目です。砂が落ちきってからです」
 ほんの僅かでもじっと一定時間待っている行為は非常にイーダにとっては苦痛だ。本気で握れば容易に割れるだろう小さな砂時計如きに拘束されているようで溜まらない。
「いつもは何もしないでゴロゴロしている時だってあるくせに」
「心を読むな! 好きでゴロゴロしているのと、今の状況を一緒くたにするんじゃねえよ!」
「うふふ仲がよろしいんですのね」
 何をどうやったら仲がいいように見えるっていうんだ? 傍から見ればどう見たって俺が一方的に攻められているだけじゃねえか。そう信じてイーダは疑わない。
「あ、砂が落ちましたね。それでは注いで結構です。ちょっとずつ均等にね。それから最後の一滴までちゃんと入れて下さい。そうすると味が締まるんです」
「……おい。茶ってのはこうするのが普通なのか? めんどくせえ……」
 視線を移動すると、あさっての方向を向いて口笛なんか吹いちゃっている使い魔の姿。
「してなかったのかよ!」
「してたけど飽きたんだよーだ。適当に入れた後も反応同じだったし、もーいーやーって感じだったよ?」
「……」
 色々変化がありすぎてイーダの思考が「もーいーやー」な状態になりつつあった。
 まあ、とりあえず今は流れに身を任せてやる。油断し切った所で、目にものみせてやればいい話だ。
「それでは廊下をまっすぐ歩いて、突き当たりに礼拝堂に続く扉がありますよね? その二つ手前の右側の部屋が応接間です。こっちの角砂糖が三つある緑のカップがルカのですから間違えないでくださいね」
「カクザトウ? この皿においてある奴の事か?」
「? 角砂糖、ご存知ないんですか?」
「何に使うんだ、コレ? …って、いでぇっ!!」
 こっそりイーダの尻をつねり上げるサシィは、わざとらしいほどの笑顔をティーザに向ける。
「あははははははっ! ごめんなさーい。こう見えても、コイツってばお金持ちの道楽息子で、砂糖も自分で入れない物臭かつ、使用人なかせの男なんですー、世間知らずなんですー」
 あまりの痛さにのた打ち回りそうになっているイーダの様子にも、あらまあそうですか、とティーザはにこにこ笑顔を絶やさない。イーダの顔を寄せてサシィが耳打ちするも、終始にこにこ。
「ちょっとっ、何ボロ出すような真似してるですかっ。私達が魔族だってばれたらどうするつもりな訳?」
「ああ? カクザトウとやらを知らないだけで魔族だと思われるなんて本気で思ってんのかよ、お前。注意深いのはお前の長所かもしれねえが、度が過ぎんだろ。返ってわざとらしくて疑われんだろ、これじゃ」
 ああ……、とか呟きながらうんうんと一人で頷きつつ、お茶のトレイをイーダに差し出す。
「まあ……、ガンバレ?」
「……てめえも一緒に来るんだよっ!」
「あ、お客様に失礼のないようにお願いしますね〜」
 まるで気にしてないと言った風のほのぼのとしたティーザの声を背にしながら、二人は部屋を後にする。
「……魔族の方も色々大変なのですね」
 二人が聞いたら卒倒しそうな衝撃の内容の呟きが、あっさりと狭い台所に響き渡った。

*      *      *

 真面目に話を聞く気はルカには全くなかった。応じたのは門前払いした事で世話になっている教会の信頼が下がるのを恐れたまでの話だ。適当に話を聞いて体よくお帰り頂こうと思っていたのに、通した事自体が間違いだったと今非常に後悔していた。
「どうです? 貴方自身にとっても悪いお話ではないと思いますが」
「……確かに悪いお話ではございませんわね」
 外面は飽くまでにこやかに、内心では早くお帰り遊ばせ、と思いながら応対するルカの姿はまさに「天使の微笑み(又は悪魔の微笑)」の名に相応しいものだった。数々の迷える子羊(注:大半が男性)を説き伏せたこの武器であったが、
「でも、私には少々荷が重過ぎます。もっと適任者の方をお探しになった方がよろしいかと思います」
「是非とも御検討下さい」
 今回の相手にはまるで通じていない。それどころか幾度となく同じ問答を繰り返している。ああ、こう言った表現をしている時点でもう断っていると同義と察しなさいな面倒なこと。こういった揚げ足を取る連中が一番面倒。
 荷が重過ぎるとは多少は興味があるのですよね? とまあ、相手の言い分はそんな所だろう。じゃあ全く彼の話にそそられないか、と言えばそうではない。何かそれが微妙に悔しい。
 本音を言えば塩でもぶちまけてやりたい所だけどそれはこの教会に世話になっている手前、適当な事ではない。第一塩をぶちまけるようなまでの暴言を吐かれたり危害を加えられたりもしていない。そんな事をしたら返って、こちらが不利になるだけ。
「私にとっては、ここが家同然の様なものですから。離れるのは……正直嫌なんです」
 かと言って「じゃあ考えて見ます」とでも言おうものなら完全に相手側が有利になる。それは気に喰わない。外面は飽くまで可憐に信心深く慈愛に満ちた聖なる乙女。中身は、肉とお金を切に求める負けず嫌いな毒舌少女、それがルカ=タマルである。
 とにかくも正当法では埒があかないので感傷的に責めてみる。あわよくば同情を買わせる作戦。まあ、本音だから良心が痛む事はない。そんなもの自体滅多には持ち合わせてもいないのだけれども。
「それでしたら心配は無用ですよ。ポートムとこちらはそう離れた場所ではありませんから」
 作戦としては失敗だが状況としては好転。言及出来る術を相手自身が提示してくれた。心の中ではしたり顔。外面はあくまでにこやかに。
「二日かかるなら十分遠いかと遠いかと思うのですが。そうそう行き来出来る距離ではありませんよ」
「えっ……? ああでもこちらにはお抱えの魔道士がいますから、その点は全く問題はありませんよ」
「……それは随分潤って……おりますのね」
 ……と、一瞬甘い罠に引っかかる所だった。危ない危ない。でもまあこれではっきりした。この人も『そう言う』人間だ。
「ポートムは長い間経済的にも安定していますから。別に当方だけではなく普通の住民もかなり保障されて……」
 相手の言葉は最早ほぼ意味をなさない、只の文字の羅列として届くのみになっている。まあちょっとは経済的状況云々の件が気にならない事もないけれど……いやいや、聞こえない聞こえない。
 しかし本当にふとした言葉の端が気に入らない。落ち着こうと言い聞かせているのに本当に面倒な事! ポートム「は」ですか。はい、そうですか。
「つきましては本当に貴女にとって悪い話ではないと思うのですが」
 で、話はまた振り出しへ。というか今回の敵(最早それ以外の何者でもない)は随分とねちっこい。いつもだったらもっと早く、もっと要領良く、すっきりと諦めさせてお帰り頂くところなのに。
 もう耐久戦しかないのだろうか。どちらが先に折れるか。訪問者という立場上、あちらが長居するという図というのは好ましくないからある程度の時が経てば席を立つだろうが、それでは負けた気がしてこちらが腑に落ちない。
 そう考えている時点で何かが違うでしょ、とここにリイダがいたら淡々と突っ込みを入れてくるだろうが、それではこちらのプライドが許さない。ああ、もう本当にどうしたものやら。
 正直に嫌と言ってみるか、それとも適当な理由をでっち上げて帰って貰ってとりあえず様子を見るか……ってそれでは面倒の期限が延びてしまうじゃないの。ああ、何だかもうイライラでおかしくなりそう。
「答えは急ぐ必要はありません。こちらには何日か滞在するつもりなのでゆっくり考える時間は差し上げます」
 考えるつもりはないですわ。はっきり叫んでやりたいのはやまやまだが、ここで面倒事を起こすのは適当ではない。
「貴女程の方がこんな所でくすぶっているのは本当に勿体無い話ですから」
 相手にとっては何気ない呟きも、受け取る側にとっては非常に険のある響きになる場合もある。こんな所……ですか。本当に嫌なこと。相手に自覚がなくたってこれは完全にこちらを下に見ている何よりの証拠。
「それではまた後日」
 また、と相手が言い切るのと、結局言いくるめられた形のルカが苦汁を飲み込もうとしていたのを、
「たのもうっ!」
 扉が乱暴に開けられる音と共に、狭い室内に響き渡った大声が遮った。突如降って湧いて出た珍事に両者共々対応する術もなく、何とも言いようのない沈黙が走る。
 呆然としている二人の目線の先には茶一式の乗ったトレイを片手に顔をしかめている青年と、そんな彼をじとーっと目を細めながら凝視している少女。共に格好からすれば聖職者、或いは教会関係者なのだがその姿にはどこか違和感がある。その実体は異世界の魔王と使い魔、と言ったら大抵の者は一笑に付して信じないだろう二人は、
「……何だ別に話は続けてもいいんだぞ?」
「おバカっ! どー見たってイーダのせいでしょーが!」
「何だとコラ! 俺はあいつがやった通りに相手流の挨拶に倣っただけじゃないかよ! 何文句あんだよ!」
「あーれーはっ、私達が気付かなかったから痺れを切らして叫んじゃったんでしょ。つか人の事指差しちゃいけませんっ! いい加減常識を知れ、恥を知れ、おバカー」
「誰がおバカだこの屁理屈女が!」
「素直と単細胞を勘違いしている誰かさんの事だよーだ」
 ぎゃあぎゃあと不毛な争いを少なくとも一刻以上は繰り広げていた。
 ぽかんと口を半開きにしたままの修道士と、口元を引きつらせているルカをよそに。

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