おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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14(最終話)

 最早燃え尽きた灰と化したケイトに一瞥をくれてやるだけで、ルカは彼の横を通り過ぎた。
「サシィさん、少しだけよろしいかしら」
 手招きしてどけるよう促すと、サシィと入れ替わりにイーダの傍らに座る。
「ルカさん?」
 きょとん、としているサシィを他所に大きな溜息を漏らすルカ。頬が微妙に腫れ按配になっているのは使い魔のせいだが、情けなくのびている姿は本当に魔王の風格は微塵も感じられない。改めてそう思う。
 だが結果としては、助けられた。どうせならば金髪の冒険者に華麗に守って貰いたかったのに。昔、こっそり持ち込んだ冒険小説みたいに、「誰かに守られる」という憧れがこんな形で実現してしまうなんて。不本意すぎて涙も出てこない。
「まだ、蝋燭の補充も残ってますのよ。日が暮れる前に準備して頂かないと困ります」
 呆れ顔で、ルカが何かを呟くと、額の傷が消え、んあ? と間抜けな呟きを上げながらイーダが目を開けた。
「おお」と目をきらきら輝かせて、すっかり陶酔しているサシィ。それを見て、いや主人が起きたんだからそっちを構ってあげようよ、とはフレオの心の声である。落ち着いて、ふと礼拝堂を見回すと、リイダがいないことに気付いた。荷物をしきりに気にしていたから、こっそり抜け出して再開しにいったのだろうか。しかし、誰にも気付かれることなく抜け出せるのは素直に凄いと思うが、道具屋の跡取りにその技いるの? と首をかしげずにはいられないフレオの頭を、これまたいつの間にか入ってきていたチェカルが主人の頭を蹴っていた。咄嗟の事だったとは言え、スケルトンがいる中に置いて来てしまったのだから、当然の報いではある。ちなみにチェカルは無傷だ。飛べるから。
「とりあえずはどうもありがとうございました」
「ああん?」
 例を言われたのがよほど意外だったのか。上体起こした格好のまま後ずさりするイーダ。
「……どういう意味ですの?」
「てめぇこそどういうつもりだ。今度は何企んでやがる」
 さっきまでのびていたとは思えないくらい、いつもの調子を取り戻している、否、少しばかり警戒している風のイーダを目に映し、これみよがしと深い溜息をついてみせるルカ。
「私は言った事を実行したまでですわ。それよりも至近距離で人の事を指で指したりしないでくださる?」
 一体何のことだ、と眉根を寄せるイーダに、「全く……」と苛立ちをあらわにするルカ。
「感心出来る事をしてみせれば、褒め言葉の一つもかけてあげてもよろしいと、そう申しました」
 訝しげな顔をしながらも記憶が至ったのか、「ああ」と呟くイーダ。しかし仏頂面はそのままだ。
「気持ちがこもってねえ言葉なんざ、意味ないでででででで」
 サシィが減らず口の主人の頬をつねっている。
「確かにそうですわね。私は貴方が嫌いですし。貴方に助けられたのもちっとも嬉しくないです」
「別にてめぇを助けようとした訳じゃねえよ。俺はフレオの奴が危なそうだったから向かっただけで、てめぇはたまたまそこにいただけだ!」
「それは良かったですわ」
 ルカの言葉に、イーダは強く頷く。どうやら照れ隠しなどではなく、本当に見えていたのはフレオだけだったのだろう。ルカは胸を撫で下ろした。現実はそんなものだ。
「気持ちが込められていようがなかろうが、言わないよりは言った方が良いと思いますけどね。その方に大して好意がなくても、良い行いは評価されるべきですもの」
 服のほこりを払いながら、ゆっくりと立ち上がるルカ。
「これは私の考えですから、貴方がどうしようと知ったところではありませんけど。さて、作業を再開しましょうか」
 言われ、黙って立ち上がるイーダを見て「あら」「ほよ?」とルカとサシィが意外そうに目をむいた。
「あら、てっきり文句の一つでも仰るかと思いましたのに」
「見下ろされるのが気に喰わなかっただけだ! 何だ再開って、雑巾かけなら終わっただろうが」
 偉そうに胸を張るイーダ。ルカは見せ付けるかのように、ゆっくりと破壊された長椅子を指差した。
「これを直さない事には、朝のお祈りができませんから。後扉も」
 眉根を寄せたイーダは「何で俺が」とぶつくさ、
「……で、修理道具はどこだ」
 言わずに、素直に応じて来たので、思わず「え?」と目を丸くしながらルカは呟いた。サシィは「えええええええ」と礼拝堂じゅうに響く声で絶叫した。
「どどどどど、どうしたんですかイーダ。そんなのいつものおバカでヘタレなイーダじゃないっ。あ、それとも何ですか。頭打ったせいでどっか思考回路が狂ってしまったんですか。ああ、きっとそうに違いないのです! どうしましょう。今はこんなにいい天気なのに、明日は大吹雪必至!」
「何でだこの妄想使い魔! いつもそこなおせ、ここなおせってうるさいくせして。直そうとすると、そうか。俺にどうしろって言うんだてめぇ!」
「直そうとしている時点でもう異常なのですよ。あああ、訂正しますっ! 明日は槍が降る、本当の意味で! サシィ血の海は見たくないぃぃぃぃ」
「んな訳あるか、ボケ―――――!」
 槍が降る訳がない。冷静に魔族二人のやり取りを見ていたルカは、溜息を漏らし、目ざとく捕らえたイーダがルカを睨みつけた。
「何だ、やるっつってんのに、何か文句あるのか」
「こちらから何も言ってないのに勝手に推測しないで下さい、失礼な。貴方に対しては文句のない方が珍しいですけれども。さっきは飽くまで行為を褒めたまでのことです」
 念を押すと、イーダが悪態ついて視線をそらした。
「ったく……とっとと道具もってきやがれ」
「何言ってますの。倉庫にありますから、自分でとって来て下さいな」
 舌打ちすると、未だおろおろしているサシィの襟首を捕まえるイーダ。
「ほわわわわ。乱心の余りかよわき女子に狼藉を働こうとするなんて……そんな子に育てた覚えはありませんですよっ!」
「乱心しているのはどっちだ! てめぇも手伝えって言ってんだよ!」
「でもまだ槍対策が出来てないのです!」
「んなもん降るかボケ!」
 まるっきりちぐはぐなようで、何かかみ合っている二人を見て「ケンカするほど仲がいいってこういう事なのかな」とは、エリスの言葉である。ちなみに傍らのフレオは苦笑し、元修道士ケイトはお土産品の女神像に何かをつぶやいている。(まだいる)
 サシィを小脇に抱え、引きずって連れて行くイーダ。ザスー、事件なのですー! とか呟いているサシィは涙目だ。
「おい、シスター」
 一大事だー、天変地異だー、と訴えるサシィは無視し、
「言っとくが、俺はとっととここを出て行きたくなっただけだ。他意は全くないんだからな、覚えとけ!」
 そう言い捨てて、去っていった。
 とっとと出て行きたい。その為にはどうすればいいか。応えは至って明確だ。真面目に仕事をして借金を返せばいい。
「……礼儀のなってないこと」
 ルカは、その日一番の深い深い溜息を漏らした。

*      *      *

 骨だ。
 魔物の生態調査に出向こうと宿を出たフレオは率直にそう思った。
「あ、おはようフレオさん」
 朝の挨拶をしてきたエリスは、畑作業でもしていたのか靴を土で汚し、汗を流している。しかし、何よりも目につくのは手元にある骨だろう。間違いない。
「……エリスさん、それは」
 横目に入り口前に積まれている骨の山を映しながら、苦笑がちにフレオが尋ねると、何がおかしいのか、と言わんばかりに骨を振りながらエリスが口を開く。
「せっかくだから貰って来たの。あれだけ破壊力あるから魔よけくらいにはなるんじゃないかと思って」
 ならないならない。フレオはとりあえず心の中で突っ込んでおいた。
 動かない骨はただの骨だ。ちょっとした肥料くらいには活用できるかも知れないが、所詮出来るのはその程度だ。なんとなく後が怖いから何も言わないでおくけど。思ったフレオは、とりあえず根本的な問題を指摘してみることにした。
「とりあえず、これでは人がよりつかないと思います」
「……」
 やっぱり、言わなければ良かったかも、と思っても後の祭り。

*      *      *

 それにしても平和だな。道すがらフレオは溜息をついた。
 「ターシェン」の柵と、村の掲示板、そして教会の扉と長椅子。全くけが人が出なかったとは言え(魔王は人じゃないから数には入れないでおく)、動く人骨が二体紛れ込んだとは信じられないほどに、一夜明けた村は平和そのものだ。
 リイダの発言を信じるならば、本来あのスケルトンは招かれざる客(?)であったようなのに。単なる真夏の珍事としか感じていないだけなのか、僕が用心しすぎるだけなのか……フレオは軽く首を傾げた。
 常に警戒を怠らないのは、冒険者としての性だ。同じように警戒心もなく、のどかなのがこの村の性なのだろう。件の幼馴染三人組のような個性派はいるとしても。だから無理に脅しをかけるのも、逆に無粋な話なのかも知れない。
 難しい顔をして考え込んでいたからか、チェカルが悲しげな泣き声を漏らし、頬をなめてきた。
「ごめん、チェカル」
 フレオが顔をほころばせると、チェカルはちぃ、とかわいらしい声でしっぽを振る。肩に留まったチェカルの頭を撫でてやりながら、フレオは何ともなしに呟いた。
「いい村だよここは……離れるのが惜しいくらいには」

*      *      *

 手荷物を持って教会を訪れたリイダを出迎えたのは、魔王の不機嫌顔だった。
「用があるなら勝手に入れ道具やあだだだだだだ」
「来客に対してその態度はなんなのですか、このおバカ!」
 すっかり調子の戻っているイーダの頬にしっかりお仕置きしているサシィ。トンカチの柄の方でぐりぐりしているのは、一応の良心なのだろうか。まあ、流石に逆で攻撃したら「お仕置き」では済まないし、そんな惨劇は見たくない。
「やり直しなのはイーダが悪いんだからね! 文句言う資格ゼロ!」
「うるっせえな、これつければいいっつったのはお前だろが! 半分はてめぇの説明不足だろ!」
「素直に自分の非を認めやがれです、へたれ魔王! 反対側に見本があるのに。それ位の機転きかしたらどうなんですぅー?」
 経緯は良く解らないが、魔王様の持っている蝶つがいと扉の枠がちょっとはげているのが見えたので、何となく察しはついた。多分蝶つがいを接着剤で貼り付けたのだろう。世間知らずの魔王様らしい失敗だ。
「でもまあ、やり直しをする気になったのは褒めてあげなくともないです」
「……けっ、昨日は槍がふるとかぬかしてたくせででででで」
 悪態ついたイーダの足を踏んづけるサシィ。これも愛の鞭なのだろうか。
「仲がよろしいのは結構ですけれど、手は動かして下さいね」
 いつの間にか現れたルカに、渋々といった感じで作業を再開するイーダを見て、目をむくサシィ。
「……何今日も素直になれちゃってるんですか……。やっぱり明日は血の海が?!」
「アホか!」
 引き続き、物珍しそうに主を見つめるサシィ。
「殊勝な心がけですわね」
 そう、言葉にしたルカの表情はどこか、いつもより柔和にリイダの目には映った。しかし、それに突っ込む時間を(まあ、元から深く追求する習慣はないが)与えてくれないのが、ルカ=タマルの凄いところなのだ、とリイダが改めて認識させられるのは直後のこと。
「リイダ……それはもしかして……!」
 リイダの手荷物、すなわちバスケットを見つめるルカの目はすでにきらきらと潤んでいる。なんというか、お年頃の乙女の視線だ。いや、そんなの正確にはわからないけれども。
「うん、母さんから。今日は木苺の」
 パイだってさ。言い終える前に、リイダの手元からバスケットは消え、ルカに抱きしめられていた。目にも留まらぬ早業、とはこの事である。絶対にその技、修練女には要らないよね。と心の中でリイダは突っ込んでおいた。昨日こっそり教会から逃げた事を追及されるのは嫌だから、口には出さない。
「……うふふ。一生懸命お勤めして嬉しい瞬間は正にここですわね」
 いや、神の為じゃ……ないのはとうの昔に解っているから驚かない。
「じゃあ、お茶の時間にしましょうか」
 満面の笑みのルカを、あっけにとられて魔族の二人が見ていた。ま、確かにこの変わり身の早さは尋常じゃないだろう。
 村の人間が力の使用を止めたのもそうだけど、何よりの理由はそれだと思うんだよね。まるで母親が我が子を慈しむかのように、バスケットを抱きしめているルカを目に映し、リイダは一人納得していた。
 それこそが、彼女にとっての一番の『甘い罠』なのだと。


―その2 完―


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