おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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13

 余りに予想外だった。
「はわわっ、イーダ?!」
 心底驚いている、といった風に声を裏返したサシィの叫び声を耳にするまで、ルカは誰であるか解らなかった。否、背を向けて表情が伺えないとは言え、今だって見えている光景が信じられずにいる。ふと、視線をずらすと、傍らには水に濡れた箒が転がっている。
(あれで、立ち向かおうと……したんですの?)
 それは無茶だ。いくら単純思考のお馬鹿さんとは言え、余りに自意識過剰というもの。でも形として、この魔王に助けて貰った。
 何とも複雑な気持ちでもやもやしている中、バラバラと激しく何かが崩れる音がする。気付けば、剣を片手にするフレオと、散らばる骨が目の前にあった。
「怪我ないですか。ルカさん」
 金髪の美少年が剣を片手に登場する。普段ならばうっとりする舞台設定も、今の状況では胸が高鳴ったりはしない。
「私は何ともないですけれども……」
 ちら、とイーダに目をやると、ああ、と至極冷静に落ち着いて応えるフレオ。
「普通の人間よりは丈夫に出来ているらしいですから、転がしといても大丈夫なんじゃないですか。個人的にはずっと眠りについて貰った方が有り難いのですが」
「あわわわ、それは嫌なのですよ!」
 足早に駆け寄って来るサシィ。ああ、普段しばいていてもいざとなったら主従なのだなあ、と感心していたフレオの思いは。
「こーら、ばかイーダ! おマヌケでもおバカでもヘタレでも、跡継ぎ作るまではくたばるのは許しませんですよ! つか早くおきやがれです、じゃないと王家の血が途絶えるでしょ!」
 やたらと現実的なサシィの叫びに、瞬殺される。というか、そんなに脳みそ攪拌しそうなくらいぶんぶん揺すったらかえって起きるの遅くなると思うのだけれども。後、額からじわじわと流れている血は(魔族はてっきり青とか黄とかだと思ったけど普通に赤い)一応止めてあげた方がいいと思う。放っておけ、といった自分がそう言うのもおかしいけれども。
 そうこうしている間に、スケルトンその二が足を踏み入れ、気付けばその一が復元されつつあった。気ままなシスターも学習能力はある。今度はしっかりと本を手に、覚えている頁を探す。珍しく真剣になりかけたその時、耳にバキ、と鈍い音が届く。見るとその二があろうことか長椅子の一部を破壊していた。直後響いたルカの悲鳴にその場にいた全員がびくり、と肩を震わせた。本当に伸びているケイトとイーダ以外の全てが。二匹のスケルトンまでもが。
「何てこと……その椅子いくらすると思ってますの!」
 びしり、とスケルトンを指差すルカに思わず「えええ?!」ち声を揃えて驚く、フレオとサシィ。そこ? つっこむのそこなの? というか今日一番怒ってない? 思いつつも、余りに「らしい」と納得してもいた。質素倹約の精神、恐るべし。
「たかが骨如きの分際で、あばれようだなんて……神がお許しになっても私が許しません事よ! ……とっとと、天にお帰りなさい!」
 叫んだ瞬間、一同はスケルトンから、光がにじみ出ているのを見た。ある程度膨らむと、やがて無数の光の粒となって霧散していくと、瞬く間にスケルトンは崩れ、バラバラになった。あっと言う間の光景に呆然となっているフレオとサシィ。
「天罰ですわ!」
 見事に浄化の術をやってのけたことなど気付いていない風のルカ。
「……素晴らしい……!」
 いつの間にか、目を覚ましてうっとりと目を潤ませルカを見つめているケイトの姿がそこにあった。
「あら、貴方生きていらっしゃったの?」
「いやあ……類まれな資質を持つが故に詠唱を必要としない特級の使い手……このような感動は生涯で初めてです!」
 軽くにらまれていることなどまるで気にもせず、相手は語り続ける。
「数々の失礼お許しください、シスター=ルカ。私は今心を入れ替えました。どうかしていたのです、破門寸前なのに危機感を覚えた末に……僻地の神聖術使いを謙譲しようと考えるなんて……!」
 反省している割にはまだどこか上から目線だ。やはり、いけすかない。苛立ちを押さえつつ、尋ねるルカ。
「事情は解りかねますが……とにかく貴方、正式に依頼を受けて来たのではありませんのね」
「いえ、提案したのは私ですが、ちゃんと依頼は受けて……」
「……でも貴方昨日付けでポートムの修道士協会からは除名されていますよ。ケイト=ウィルシー神父」
 落ち着き払ったフレオの言葉を受け、驚愕に目を瞠るケイト。
「ばっ、馬鹿な……! シスター=ルカを連れてくれば、考えを改めてやる、と。だ、第一何故私の事を」
 視界の端で、バカー、起きろー、コラー、とか叫びながら主人にげしげしと蹴りを入れているサシィの姿が映ったが今は無視だ。
「失礼ながら、調べさせて頂きました。ああ、ちなみにこうみえて一級冒険者の資格は持っていますから、違法ではないですよ」
 一級? とケイトは驚きの表情を見せている。見た目は少年だから当然の反応ではあった。中身は二十二歳だからなんら不思議はないのだが、それは事情を知っている人間の台詞である。
 ちなみにルカの視界の端に、今度はビンタしているサシィの姿が映ったが、無視しておいた。
「ポートムの修道院は品性に関してこと厳しいので有名ですからね。失礼ながら、貴方は少し……いや、だいぶ人を見下す傾向にあったのでは? 要するに、体よく追い出されたんですよ。依頼はただの形だけのもの。良くある手です」
 そんな……とその場に崩れ落ちるケイト。
「じゃあ、修道士なのは本当でしたのね。フレオさん、ありがとうございました。わざわざ調べて頂いたなんて」
 目を輝かせているルカに、若干気まずそうに応えるフレオ。
「お礼なら……エリスさんに言って下さい。僕は彼女の依頼を受けただけですから」
 提案したのは自分だけど。という言葉は胸の中に秘めておいた。
「エリスが……ですの?」
 想定外だったのか、口元に手をあてがいながら瞬きをするルカ。それを目に映し、自然とフレオの表情が綻ぶ。
「はい、お夕食代とおまけしていただきました」
「そ……そうでしたの……へえ、あのケチの代名詞みたいな子が」
 それはお互い様では、とは勿論口には出さない。
「でも随分と気にかけていましたよ」
 気まずそうに押し黙るルカを目に映し、フレオは「エリスの本音」はここでは言わないほうがいいのだろうな、と心の中で納得させた。気遣いがものの数秒で瓦解されるとは知る由もなく。
「骨はここかぁ―――――――――――っ!」
 右手に鍬、左手にスコップを持ったエリスが不敵な笑みを携え、入り口に立っていた。

*      *      *

 全員が驚きを余儀なくされた。元修道士ケイトとフレオは元より、魔王にビンタを食らわし続けていたサシィも驚きの余り、掴んでいたイーダを手から滑らせた。一番落ち着いて見えるルカも、口を半開き状態にしている。
「あ、見つけたわよ、骨! ふふふ、火はそんなに聞かなかったようだけど……今度は完膚なきまでに砕かれるといいわ! 覚悟なさい!」
 恐怖を抱かない人間は、勇敢なものである。しかし、今のエリスの醸し出す雰囲気はある種の戦慄すら感じさせる。その場にいる人間は全く気にせず、エリスはただの骨と化したスケルトンに不敵な笑みを送る。
「お前に壊された、柵さん達の恨み思い知れ!」
 どうやらスケルトンに、家、ないしは畑の柵を壊されたらしい。その復讐という訳か。などと悠長に考えている場合じゃない。鍬を振り上げたエリスの手をフレオは慌てて止めに入った。
「え……エリスさん、落ち着いて! これもう動きませんから! 浄化済みです、再生不可です!」
「止めてくれるなっ! それでも一撃食らわせないと私の気がすまないのよ! せめて修理代おいってってからくたばれ!」
「いや、それ生きてて(?)も無理ですから!」
 至極当たり前なフレオの言葉は、スライム、スケルトンと一日に二度の被害を受けたエリスには逆効果だったようだ。
「じゃあ、ナニ?! フレオさんが、肩代わりしてくれるっての?!」
 何故僕が。いい加減学習したフレオは出かけた声をなんとか押さえ込んだ。
「全く……いい加減になさいなエリス」
 呆れ顔のルカ。付き合いが長いだけあるのか、もうすっかり状況になれているようである。落ち着き払ったルカは、溜息を漏らしながら、言葉を続ける。
「貴女がスケルトンさんに復讐なさるのは勝手ですけれども、その鍬やスコップで床や椅子に傷がついた場合、ちゃんと耳を揃えて修理代払って頂きますわよ?」
 すると、フレオに押さえられながら、じたばたともがいていたエリスがぴたり、と動きを止めた。
「あと、その骨さんはとーっても固いんですのよ? 多分殴ったら逆にお道具が壊れてしまって、畑仕事が出来なくなってしまいますわよ?」
 エリスが上げたままだった鍬を下ろす。
「お道具も買いなおすのに……お金掛かりますわよね」
「うぐっ……! それは痛すぎる……。解った、ゴメン」
 これは見事な阻止っぷりだ。思わず拍手の一つもしたくなったが、そういう空気ではなさそうなので思うだけに留めて置こう。と思ったらサシィが、目を輝かせてルカに拍手を送っていた。それ程でもありますけどね、と得意気なルカを見てフレオは思う。僕が用心しすぎなのか、それともこの場の人間が規格外なのか。いずれにせよ、世界は広すぎる。
「あ、偽修道士!」
 スコップで人をさすのはどうかと思う。そんなフレオの心の突っ込みなど知らず、エリスはケイトに照準を定める。いつでも攻撃準備は万端だ。そういわんばかりに得物を構えている。スコップだけど。
「傷つけたらただじゃおきませんわよエリス!」
 ルカが言っている対象は勿論、ケイトではなく床や椅子の事だ。もし、この修道士に傷をこさえても、きっと病院への地図を渡すだけなのだろう。多少上背のある青年と、見た目は可憐で小柄な少女ならば訴えれば、勝つのは少女である。乱暴されましたの、怖かったですわ。こいつ、こんな無抵抗なシスターになんて事を! 想像できてしまうのが何か怖い。
「だ……だれが偽だ!」
「元、ですわよね。元」
「え、でも修道士だったの? 何で?」
 何でって……と言葉を詰まらせるケイトに、エリスは不満顔で言葉を続けた。
「だったらあの修道士としては法外な大金は何よ! 大陸紙幣なんて生涯お目にかかったことないわよ!」
「た……大陸紙幣?」
 落ち着きを取り戻しつつあったルカは、価値の高い紙幣を同業者が所持している事に驚愕を覚えた。顔を見合わせうんうん頷き合うエリスとルカ。友情は美しきもの、と聞いたことがあるが寒気みたいなものを感じるのはどうしてなんだろう。フレオはとりあえず何も突っ込まないことに決めた。
「あれは協会が出してくれた。依頼量と路銀を含めて。その位ポートムでは訳ない。こんな田舎の名もなき教会と一緒にしないで頂きたい」
 直後、侮蔑に満ちたルカの視線がケイトを刺す。
「まあ先ほどは失礼をわびたくせに、もう心変わりですの? 確かにそんなに早く修正されるような性格とも思いませんでしたけど」
「貴女への羨望と、それとは別問題だ」
「……私へ、ではなく神聖術へ、の間違いでしょう?」
 冷たい視線でルカが言い放つと、相手はぐ、と言葉を詰まらせた。それは肯定の意に他ならない。ルカは大きな溜息をつき、視線を魔族二人のほうへと移した。まだのびている魔王の前で、サシィが骨を持ちながら何かを悩んでいる。まさか、それで今度は叩くつもりなのでは。それは流石に、今度こそ王家の血が途絶えるかも知れませんわよ。思いつつ、視線をケイトに戻す。
「力を活用しなかったら軽蔑し、使ったら一変してほいほいし出す。きっと貴方は誰でも力が使えれば同じように言うのでしょう?」
 また視線を魔族にやる。とりあえず骨を利用するのはやめたようだ。
(……何故、私こんなに気にしているのかしら)
 頭を振って、ルカは言葉を続ける。
「何故、神聖術を使わないのか? とおっしゃいましたわね。こういう風に態度が変わるのがわずらわしいんですのよ。それ比べてここの人はいいですわ。使う必要はない、そうしたら医者は儲からないわ、道具屋も儲からないわ、だから自粛すべし、ですって。私、もうここしか理想郷はないって思ったんですの」
 にっこりと語るルカに、目を丸くする相手。フレオもまた同様に、口をぽかんと半開きにしていた。エリスは攻撃は諦めつつも、忌々しげねに骨を睨み続けている。サシィは何故かうぷぷ、と笑いながら、イーダの長い黒髪に何本も三つ編みをこさえている。起こすための策が尽きたのか、起きるまでどう時間を潰すかに方向転換したらしい。
「し……しかし、優秀な人材として迎えられた、と書面には」
「だって、それらしい理由を書かないと登録できませんもの」
 そんな! と叫び、そのまま項垂れてしまったケイトは、もう何も語りそうにない。
「まあまあ、後で精算してお金返すから、それを元手に人生やり直せば?」
 エリスの言葉はなぐさめには聞こえるが、その実は今日中に荷物まとめて出てけという事に他ならない。しかも、相手に拒否権はない、というおまけつきで。
「不問にしてさしあげますから……お帰りあそばせ?」
 留めの一言に、ケイトは俯いたまま頭を縦に振った。
 彼が再びこの地を訪れる事はないだろう。

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