おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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12

「少々お待ち下さいませね、確か書庫に手引書がありましたから」
 そそくさと去っていくルカの背中を見送りながら、今から探すんですか! と突っ込まずにはいられないフレオ。
「あのー、スケルトンってナニ?」
 どこか所在なさげなフレオに、一番の疑問を投げかけるリイダ。
「え、ああ。あれはね、元は墓地とかに葬られているただの……っていったら申し訳ないんだけれども中身のない躯に、さ迷える魂が宿ってしまったものなんだ。つまり目に見える骨ではなくて、その原動力である魂が本体、という訳。だから本体を叩かない限りは器をばらしても元に戻るから意味がない。魂は物理攻撃も、通常の魔法も効かない。……若干火の魔法が効かないこともないけど……僕は風の使い手なもんでね。で、一番有効なのが神聖術、という訳」
 はあ、なるほど。やっとの事で状況の整理がついたリイダは溜息を吐きながらルカの出て行った方を見つめる。視界の端に、神の像が置かれていた台座の上に、どこかのお土産用といった感じの木彫りの女神像がちょこん、と乗せられているのが映ったが、これに関しては今は突っ込まないほうが良いのだろう。というか、この教会が信仰していたのって「お父様」であって、女神ではなかったような。
「……来ましたですね」
 ぽつり、と呟くサシィに目をやるリイダとフレオ。
「ああ、来たな。確かにこの指輪のせいでわかりにくいったらありゃしねえが、スケルトンだな。しかも二体」
 直後に響いた声にはさほど反応しない二人。
「何だ、もう復活したのか魔王」
「ふっ……この程度でお前の気持ちが揺らぐ俺様だと思うな」
 とか言いつつ、わき腹を擦っているイーダは涙目だ。
「まあまあ、ってフレオ。イーダはヘタレ万歳のおバカ魔王ですけれども、魔物の感知能力だーけ、は本物ですから」
 わざわざ「だけ」を強調する使い魔に何か言いたげなイーダ。(まだ涙目)
「それは意外な特技だね」
「特技ではないのですよ。ローディス魔王に唯一継承される能力なのですよ。一定範囲内であれば存在だけでなく、種別を特定することも可能。個人は無理ですけど」
 何故か得意気に話すサシィと、へぇへぇ関心しながら聞くリイダ。
「ともかくもその辺りは魔王だという事ですよ。例えその他になぁんにも、取り得がなくてヘタレでおバカで残念なお子ちゃま魔王だとしてもです」
「てめぇは本当にいっつも一言多いんだよ! ちょっとばかし年が上だからって調子に乗るな!」
 一言どころか、二言も三言も多かったと思うのだけれども。それよりも今年上って言った? サシィの方が年上なの? 見た目は自分よりもちょっと下くらいの少女の姿になっているサシィを見ながら、リイダは思う。でも今はそんな事突っ込める状況ではないし、まもなく突っ込めない状況がその場を襲うことになる。
「……おいおいおい……教会の前におでましだぞ」
 イーダが呟いた直後に、こんこん扉を小突く音が響きだした。
「あら、何ですの? 騒がしいですわね」
 少々分厚い本を片手に、ルカが戻ってきた。
「早かったですね、ルカさん」
「ええ、都合よく入り口に一番近い棚にあったもので。もうなんですの、うるさいですわねえ」
 不規則にコンコン響く音に、本の頁を捲りながら苛立つルカ。傍らのフレオがいやいや、とかぶりをふる。
「どうやら、ここまで来てしまったようです」
「ええ? もうちょっと待って下さいな。浄化、浄化と……」
 該当する頁をルカが探している間に、音はどんどんと速度と威力を増していく。
「ああ、もう扉が壊れるじゃありませんの!」
 指を栞がわりに本を一旦閉じ、扉に向かおうとするルカを腕を引いて止めるサシィ。
「駄目ですー。危ないからルカさんは呪文探すのに専念した方がいいのですよ。ほら、扉押さえに行くの、イーダ!」
「お前が命令するな! つかてめぇ主人を盾にしようたぁいい度胸だなオイ」
 こめかみを引きつらせながら使い魔にぼやくイーダと、じとーっと目を細めながら溜息一つ吐くサシィ。
「うっさいのですー。ここいらでいっちょ男気見せようとは思わないですか? あ、無理かイーダには」
「返事聞かんで自己完結するな!」
 サシィが、じゃあ違うとでも? と言いたげに冷やかな視線を送ると、違いないが何か問題でも? と不機嫌そうになるイーダ。遣り取りを目に、ルカは呪文探しを再開する。
「……どうぜ、あの魔物も貴方が呼び寄せてしまったんじゃありませんの?」
 何気ない呟きに、強くイーダはルカを睨みつけた。頁に目線をやっているルカに、彼の表情は届いていない。
「馬鹿言うな。第一誰かさんのおかげでそんな事は出来ないし、今もれ出ている魔力程度じゃ、スライムすら寄り付かないっての……ああ、そうだシスター」
「何ですの?」
「もしこの指輪を取ってくれるなら……そのスケルトンを掌握してやらんでもないぞ」
 言葉だけならば起死回生の提案も、
「却下ですわ」
 涼しい声音で容赦なく切り捨てるルカ。
「どこまで俺様をなめていやがるんだ愚民が。確かに魔力云々に限っては十分ではないのは百歩譲って認めてやらんこともないが、俺は魔王なんだぜ? 魔物を少々従わせることくらい訳は」
「そういう事を言ってるんじゃありませんわ」
 ぴしゃり、と魔王の微妙な自慢話を打ち切るルカ。
「ちょ……まだ話は終わってねえぞ」
「あら……じゃあイーダさん? もう一回力を封印した場合の追加料金分、お仕事して頂けますの?」
「……ってそっちの話かよ! つかまた封印するつもりなのか」
 イーダの訴えに、開いたページを押さえたまま、ルカは視線を移動させる。
「確かに指輪の分に関しては私の判断でしたから、差し引いておくとして……」
 今度は視線をかつて神の像があった場所、今はお土産品の木彫り女神に向けながら、溜息を吐く。
「神像は貴方が勝手に壊されましたわよね? 止むを得ない理由がおありだったのではなく、ご自分の力を誇示したいがための勝手極まりない理由」
「! だったら魔封じを施したのはてめぇの勝手なないとでも言うのかよ!」
 さも当然とばかりに叫ぶイーダの目に直後映ったのは、これ以上ない位の冷やかな視線だった。小言を言われる時の、どこか小馬鹿にしている意地悪いものではなく、心底軽蔑しきっているかのような目つき。
「一度被害を受けたから警戒する。少なくとも私は勝手な判断はしていないつもりですわよ? それに比べて、自らの責を負うことすら放棄するなんて……よく魔王だなんて威張っていられますわね」
 的を得ている言葉だったのか、言葉を詰まらせるイーダ。もっと反発されるかとばかり思っていたルカはあら、と呟くも時間がないので呪文探しを再開する事にした。
「おい、魔王!」
 徐々に強くなる扉の音を掻き消そうとするかのように、フレオの叫び声が礼拝堂にこだまする。反応して視線を声の方に向けイーダは、常日頃彼に向けている好意の込められたものとは違い、眉根を寄せてどこか嫌悪感を覗かせているような、そんな表情をしていた。
「お前に協力を仰ぐのは本位ではないが……流石に一人で押さえるのは限度がある」
 そこで初めて、フレオが扉を押さえている事に気付き、頁を捲る速度を速めるルカ。
「ま……まあ、待って下さいませね。あ、ありましたわ!」
 しっかりと該当の頁を押さえながら、フレオの元へと歩み寄っていくルカ。スケルトンが待ち構えている場所へと。
「る……ルカさん! 余り近くに行くと危ないのですよっ! んもう、寝てなんかいないでとっと加勢にいくのですよ、イー……」
 がんがんスケルトンの攻撃の音が響いているのにも関わらず、のんびり椅子に寝転がっているとばかり思っていたイーダが横に立っているのを見て、目を瞬かせるサシィ。目に映る魔王の顔は眉根を寄せつつも口は笑みの形、という何とも怖すぎる表情に満ちていた。扱いに慣れている使い魔ですらも、未だかつてこんな表情の魔王にお目にかかった事はなかった。我侭魔王に対し、余りに不本意なのです。思いながらも、体は自然と後ずさりをしてしまう。
「ど、どうしたんですか? イーダ」
「は、てめえら、本当に言いたい事ばっかり言いやがって全く……」
 えーと、怒りすぎておかしくなっちゃった? ど、どうしたものやら。と対応を考えるサシィ。一つ、とりあえず首元に一撃喰らわせておく。一つ、とりあえず鳩尾に一撃を叩き込んでおく。一つ、とりあえずこめかみの辺りに電撃をいっちょ。全部実力行使かよ! と突っ込まれる事必至だが、口ではどうにも通じなさそうだから仕方がない。いつも言っても駄目な現実からしてみれば、いつも通じてやしないと同義ともいえなくはないけれども。
「てめえら、俺様の本当の力を見ても、それ以上の口が叩けるのかその目に焼きつけやがれ!」
「って結局はそれですか! 根拠なしの強がりですかぁっ!」
 単純思考恐るべし。改めて主人の性格を理解した使い魔が直後見たのは、水の入ったバケツに足を引っ掛け、見事にすっころぶ主の姿だった。
 きちんと後片付けを終わらせるまでがお掃除です。びしょ濡れになりながら、魔王は身をもって学習した。次の繋がるかどうかは神のみぞ知る所である。お土産品を代替にしている教会に神が目をかけるかは定かではないけれども。
 音が反響しやすい空間の中、例外なく響いたけたたましいバケツの音に一瞬フレオが気を取られたのと、バキ、という鈍い音とともに扉が壊されたのはほぼ同時の事だった。危機を察し、受身を取ったものの完全には衝撃を殺せず、床を滑っていくフレオ。軽い悲鳴を上げフレオに向かう足を速めるルカ。その時「あー!」とサシィが短く叫んだが、ルカは気にも留めなかった。
「大丈夫ですの?! フレオさん」
「大丈夫ですよ……それよりも、早く」
 手元に何もないのに気付き、辺りを見回るルカ。今いる地点からは若干離れた場所に投げ出された本を見て、さしものルカもしまった、と冷や汗をかいた。フレオにかけ寄る時につい投げてしまったのだ。しかし失敗を悔やむ暇はない。フレオが止めるのも聞かず、本を拾いに足を運ぶルカ。本を無事確保し、開いた真っ白い頁に長細い、灰色の影が掛かる。視線を上げたそこには、太い骨を振り上げたスケルトン(その1)がいた。
「ルカさ――んっ!」
 悲鳴にも近いサシィの叫びが教会の中をこだまする中。なす術のないルカとスケルトンの間に躍り出たのは、その全身に黒を纏った人影だった。

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