おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

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「ですが、我々は貴女の力を必要としているのです。シスター=ルカ」
「聞こえなかったんですの? お・か・え・り・あ・そ・ば・せ」
 笑顔なのだが、目が笑っていない。向かい合っている二人の間で、サシィとイーダが黙って遣り取りを見ている。特にルカの視界の端ではサシィがおろおろしているのが映り、ちょっとだけ良心が傷んだが、今は目の前の敵にいなくなって欲しい気持ちの方が強かった。ちなみにイーダの事は元から眼中にない。
「何故です! 特級の腕を持っていながら、何でこんな力の無用な村に留まっているのです!」
 結局何時もの人間達と同じか。いや、言葉を発してもなお、それが当然だという顔をしている分だけ、いつもより性質が悪い。怒りは自然と誘発される。
「だったら、貴方はこの村に私のような神聖術使いはいらない、とそう仰るのですわね」
 誰が見ても解る冷やかな瞳と口調で答えるルカ。
「解りやすく言えばそうです。ここには他の下級なり中級なりの者を迎えれば十分じゃないですか」
「……本当に馬鹿にしていること」
 ふぅ、と溜息を吐いて言葉を続けるルカ。
「大方ギルドの登録書を見ていらしたんでしょうけれども。別に都会へ行きたくて登録したんじゃありませんわその方がいいと言われたから、しただけの事です。そうしたら貴女は特級ですよ、と判定されただけ……で、貴方はその特級の神聖術使いが欲しかった。そして辺鄙な村なら引き抜いてもさして劇的な変化はもたらさないだろう。大方そういう事なのでしょう? 馬鹿にするにも程がありますわ」
 そこまで言い終えると、相手が明らかに不機嫌そうに目を細めた。
 ほら見た事かしら。ルカは遠慮せずにどんどん畳み掛けていく。
「でも今までいらした方はまだマシでしたわ。でも貴方は違いました。明らかに上からものを言っている。規模はどうあれ、教会は平等ですのに。そして神聖術使いは所詮道具程度にしか思ってない。それが何よりも気に喰わないですわ。何でも言いますわよ、お帰りなさい」
「……言わせて置けば……!」
 すっかり本性をあらわし、手を振り上げる相手にもルカは怯まず立っているのみ。だが青年と少女、という図式は自然と少女を弱気立場に見せるのか、間に躍り出る影がケイトの一撃をルカの代わりに受けた。
「さ……サシィさん?」
 肩を叩かれ、よろめくサシィを支えるルカ。軽く呻きながらも、ばっと顔を上げるサシィを見て、安堵の溜息を吐く。肩を擦りながら、涙目でサシィは相手を指差す。
「女の子を殴りつけようとするなんて、男の風上にもおけないのですっ! 外道っ!」
「……って主人を足蹴にしたり、雷攻撃を食らわした事は棚に上げて何言ってんだお前……」
 やってらんないとばかりに、長椅子に座って傍観を決め込んでいるイーダの呟きに、ぴくりと肩を震わせるサシィ。ルカはイーダそっちのけで、ひたすらサシィを心配そうに見つめるのみだ。
「うっさい! 女の子が危機一髪なのに、のんびり見ているだけのヘタレが文句言うなんて一億年早いっ!
「……って死ぬまで無理って事じゃねえか!」
 どうやら魔王の寿命は一億年まではいかないらしい。非常にどうでも良い事ではあるけれども。
 すると遣り取りを見ていたケイトがくすり、と笑った。それを見たサシィがむぅ、と口を尖らせ、イーダはまだ話は終ってないぞ、と言わんばかりに使い魔を睨み、ルカは眉根を寄せた。
「いやすみません……しかし本当に解らなくなりましたよ。この程度の人たちが集まる所に居たがる理由がね」
「何とぉー!」
 怒りを露にしたサシィと、人間に馬鹿にされたのが気に入らなかったのか、ぎろ、と男をにらみ付けるイーダ。明らかに怒りを露にする二人とは対照的に、ルカは真顔になっていた。
「なんというのでしょうか……頭にきてしょうがなかったのに急に滑稽にすら思えてきてしょうがありませんわ……ふふふっ」
 相手を睨むのを一旦中断し、顔だけで振り向くサシィ。どうにも様子の変なルカを見て、「ル、ルカさん……」とおろおろし始める彼女を他所に、今度はうふふ、と乾いた笑いをし始めるルカ。はっきり言って奇妙な光景にさしものケイトも目を丸くする。
「うふ。あれ程敬虔深い振りをしていて。うふふ。まあ言葉の端々に田舎者だと馬鹿にしている事は伺えましたけれども? うふふ。でもここまで本性出した上にはっきり見下された方は正直初めてでしたので……笑わずにはいられないというものですわ。うふふふふ」
 いや、顔は全然笑ってない。と突っ込みたい一同(魔王は長椅子に転がっているが)を他所にルカの独断場は続く。
「ここまで言われて、はい付いて行きます。と頭を下げる方がいたら逆に見てみたいですわねえ。貴方、人の事を馬鹿にする価値ないですわよ? 確かにこちらの人は教会の常識になれていらっしゃらないですから、砕けた態度をとってしまうのは否めないですけれども……とても一生懸命お手伝いをして下さるよい方ですのよ。貴方とは天と地底の底の底の差ですわね」
「ルカさんっ……」
 より、使い魔の心がルカに向いたのが気に喰わないのか、舌打ちを漏らすイーダ。ちなみに格好は寝そべったままである。
「ち……忌々しい……」
「まともにした事が、大まけにまけてさっきの雑巾かけくらいのくせに、ナマイキな口きくなですよー。おバカ」
「サシィさん、あれは裏にホコリが溜まっていたので、まだまだですわ。うふふ」
 元の口調に戻っているようで、真顔で笑っているルカ。イーダがついた小さな悪態を聞き逃していなかったルカは変わらぬ、否、目を細めて答えを返す。
「嫌ならばこちらが感心するような事ををやってみせなさいな……そうしたら感謝の言葉の一つくらい差し上げてもよろしいですわよ?」
 けっ、とまたイーダは悪態をついたが、今度は気に留めないルカ。
「ちょっと脱線しましたけれども。私こうみえて凄い怒っていますのよ?」
 いや、それは見れば解るのですよ、とはサシィの心の声である。言われているケイトは口を半開きにして「いや」とか「あの」とかそんな言葉を呟くのみだ。
「何か本当はただ帰って頂くだけでよかったのですけれどもねえ……ただで帰して差し上げたくなくなってしまいましたわ」
 やばいのです、やばめなのですー、とはらはらしているサシィが目に入り、悪いですわね、と思ったものの敵(最早それ以外の表現が見つからない)への怒りが遥かに勝っているルカであった。
「良い方法はあるのかしら……ああ、この不届き者に神が罰をお与え下さればてっとり早いのですけれども」
 神よりもこのシスターが天罰を下せそう。そんな雰囲気の中、激しい音とともに天罰……ではないが災難が敵に降りかかった。
「……いっつー……ってアレ? ここ教会? 何で教会? 俺、いた、さっき、外! つかさっきフレオさんが俺抱き寄せて……ってあれれ?」
「移動魔法使うから引き寄せただけだから。誤解を招く言い方しないようにね」
「おお! 凄い、俺魔法体験初めて!」
 突如現れたリイダとフレオの二人に、ほえー。と目を丸くしているサシィ。そしてフレオの声が聞こえるや否や、我関せずが一変、がばりと身を起こすイーダ。落ちてきた二人に潰されて沈黙状態の敵を見て、にやりと不敵に笑むルカ。
「あらまあ、やっぱり天罰が下りましたのねえ……うふふ」
 ただならぬ雰囲気のルカに若干引き気味の(数日前の出来事がトラウマになっているのかもしれない)フレオに、慣れているのか至極冷静に幼馴染を眺めるリイダ。
「え。何、流石に中三日で対応するのはきついよ? 誰ルカの事、最終段階すれすれまでキレさせたの」
 一体キレまくったらどんな事になるのだろうか。気になりながらも黙って、沈黙している敵を指差すサシィ。
「あれまあ。気の毒だけどこの状態なら後回しでもいいか」
「ほえ? いいんですかあ?」
 リイダと敵を交互に見ながら尋ねるサシィに、あー大丈夫大丈夫と言葉を返すリイダ。
「起きたら考えればいいんじゃないの? それよりも骨だよ、骨! あの骨どうするんですかフレオさん」
 ほね? と首を傾げるサシィと、あ、そうだった、と現実に戻ってくるフレオ。いつの間にやら距離を詰めていた、イーダの腹を剣の柄で突いて沈黙させながらルカの方に向き直るフレオ。
「突然で申し訳ないのですけれども、貴女の力をお借りしたいんです。ルカさん」
 フレオの要望にも、怒りに満ちているルカは応じない、かと思いきや。
「まあ、私でよろしければお力になりましてよ!」
 応じないどころか、すっかりいつもの調子に戻っているルカ。変わり身早! と心で突っ込んだサシィ。フレオはえ、と呟きつつ、若干引き気味である。傍らでは、痛みでイーダが悶絶していたがそれは聞き流し(無視、とも言う)である。
「それで私は何をすれば宜しいのでしょうか」
 目を輝かせながら問うルカ。
「実は村にスケルトンが侵入しましてね……私の魔法では退治出来ないので、浄化をお願いしたんです」
 スケルトーン! と驚いているサシィと、スケルトン? はて聞いたことはあるような、と眉根を寄せるリイダ。
「はあ……浄化ですの……出来るとは思うのですけれども……」
 考え込み、言いにくそうに、ルカは言葉を続けた。
「やった事ありませんの」
「……え」
 想定外の言葉に、フレオは目を瞬かせた。

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