おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

戻る/目次へ/次へ


10

「ケイトさん、と仰いましたかしら?」
 心なしか声を低くして話すルカの顔からは、笑顔が消えていた。
 態度の急変に、修道士ケイトは首を傾げている。彼自身、自分の発言が相手の琴線に触れた、などとはきっと想像だにしていないのだろう。確かに、神聖術は『神に与えられた』稀有なる力、それを有効活用しないのは、神に背くと同義。だから、怒っている事に首を傾げられるのは理解は出来る。だが、納得出来るかといえば、それはまた別問題だ。
「先ほどから神が神が……と仰っておられますけれども……じゃあ、貴方神様に直接お聞きしたんですの? 私がここを離れてポートムへ行くべきだ、と。そう神託でもお受けになったのかしら?」
 矢継ぎ早に言うルカ。相手は何かを言わんと口を開きかけたが、ぎっとひと睨みして、ルカは更に言葉を続ける。
「敬虔深いふりして、都合よく神を理由にお使いなさるのですわね。その図々しさときましたら……ある意味賞賛に値しますけれども、それならば直接私へ批判をされた方が、まだ潔いというものですわ」
 次から次へと言葉を並べていくルカに、最早呆けている相手。
「第一にして、私貴方が嫌いです。付いて行きたいなんて欠片も思いませんわ」
 空気を読めているサシィは元より、嫌味の一つ位挟めているはずのイーダでさえ、傍観を決め込むしかない空気の中。ルカはにっこりと相手に微笑みかけた。それは幾人もの迷える子羊を導いてきた天使の微笑み、
「お帰りあそばせ」
 だがその実は、悪魔の微笑。

*      *      *

 骨だ。
 まだまだこれからだ、と気合を入れて朝一番の配達先を出たリイダは率直にそう思った。だって骨なんだから。それ以外に言いようがない。一つ付け加えるならば、肉を食べた後に残る一本の骨ではなく、頭からつま先に至るまで一そろいの(かどうかは判断できないけれども)人骨。
 いや人ではないのかな、二本足で立ってるし。あれ、でも人って肉がついているから立てるんだって、昔教会学校で習ったけどな。じゃあ、このヒト(?)が立っているのってどういう原理? それともシスターの言ったことが嘘? ……取りあえず、問答しても仕方ない事は、後回しにするとして、
「あのお……すみません。そこ、どいてもらえますかねえ……?」
 出入り口を塞ぐように立っている骨さん(仮名)に、やんわりと尋ねてみるリイダ。返事はなく、相手はひたすらじっと見つめてくるのみだ。ああ、目玉はないから見てはいないのかな。本当に一体どんなからくりで動いているんだろう。
(多分モンスターの一種なんだろうな……)
 通常ならば、人外ならざる、しかも動く(今の所は静止しているけれども)骨なんて、見ただけで悲鳴の一つも上げそうな所を、リイダは落ちついて状況を判断していた。昔動かないはずのものを見たせいかな、と思い、すぐ考えるのを止めた。あれは良い思い出ではない。蒸し返しても今はなんの効果もない。一番の問題は、どいて貰わないと次の配達に行けない、という事だ。
 言葉は取りあえず通じない。ちょいと失礼しますよ、と脇を潜っていけばいいのだろうが、気になる事があって、どうにも無理に踏み込む事が出来ない。骨さんが、手(というか骨)に握っている、一本の骨。食べた後に残る掌サイズの骨ではなく、骨さんの足の骨くらいの、長くて、でっかくて、ふっとい、三拍子揃ったたいそうご立派な骨だ。
 殴られたら、凄い痛そう。いや、痛いどころじゃ済まないと思う。それは一体何のために持っているんですか。
「まさか、俺を殴るためじゃないよね? あはは……」
 だから、言葉通じないだろうが、俺。でもこういう状況の間の持たせ方が解らない。だからって、愛想笑いしてどうする、俺。
 今のところ身動きするそぶりの見せない骨を前に、リイダは緊急時でも、冷静になれるように、(身をもって)覚えさせてくれた幼馴染達に感謝した。ありがとう友よ。数々の君達の所業は、絶対水には流さないけれども。
 長い思案の末にだした結論は至極冷静になってみれば、たった二つだ。選択肢は挑むか、否か。
「じゃあ、ごきげんよう骨さんっ!」
 商売道具を小脇に抱え、リイダは裏口へと逃げた。よその家なのは解ってはいるが、今は緊急事態なのだから止むを得まい。勝手に心の中で決めて、裏口に回ったリイダは目に飛び込んで来たものを見て、足を止めた。
 骨だ。
 食べた後に残る骨ではなく、一揃いの……。
「って一度見たんだから、再確認の必要はない、俺!」
 振り切った(というか逃げてきた)はずの骨が、目の前に在る事実を認めたくないリイダは、取りあえず思いのたけを叫んでみた。というか、どうして人って、大変な状況に陥った時に限って、無意味な行動をとってしまうのだろう。あ、俺だけ?
「だから、突っ込んでいる場合じゃないっ!」
 落ち着け、落ち着け、と自らをなだめる。そうだ、こっちにいるという事は入り口に回れば大丈夫じゃないか。うんうん頷きつつ、来た道(家の中だ)を逆に辿るリイダ。
 それにしても、こんな人並の骨が闊歩していると言うのに、この村静かすぎない? 関わりたくないからとっとと家の中に入っちゃったか、それとも骨ごとき一人(匹?)迷い込んだ所でさして気にもしていないのか。多分前者ではあるだろうが、カボチャのお化け(何だかランターだか言ったっけ)の大群が現れた時も……昔の記憶はだからここでは不必要だ。目下の問題はこの骨である。
 入り口に着いたリイダは思わず「えー?!」と叫び声を上げた。
 骨だ。食べた後に以下同文。
 何でまたこっちにいるんだよ、骨。早すぎるよ、骨。というよりか、移動したんじゃなくて最初からずっとここに立っていたのか、骨。じゃあ、あっちは別の人(?)か、骨。
「つか、俺骨に挟まれてる……?」
 訳が解らないリイダの目に、またとんでもない光景が映る。あろうことか骨さんは、持っていた骨をすっと持ち上げたのだ。
「え、その骨をどうするつもりなのでしょうか? まさか俺の事殴ったりしないよね? ね? ね?」
 しかしリイダの願いも空しく、骨を人は腕を振り下ろした。……と思った時、激しい突風が巻き起こり、リイダは目を瞑った。同時に、がらがらと何かが落ちまくっているような音が耳に届く。
「あれ、リイダ君?」
 聞き覚えのある声に目をゆっくりと開けると、剣を片手に携えたフレオがいた。何かが足に当たり、目線を下にやったリイダは再び「えー?!」と情けない叫び声を上げた。足元には無数の骨が散らばっていたからだ。頭蓋から爪先まで、ありとあらゆる骨が見事にバラバラになっている。まさに本物のバラバラ死体! あれ、元から死体か。それよりも骨だけなのって「体」とは言わないのかな。
 リイダがそんな風に考えているとは露知らず、「骨に襲われそうになって言葉の出ない」リイダを心配そうに見つめてくるフレオ。
「叫び声が聞こえて来たから思わず魔法使っちゃったけど……骨当たらなかった?」
「何か肩にぶつかって来た気がしないでもないけど、別に傷むとかはないですよ」
 ぐるぐる肩を回して見せると、そうか良かったとフレオは息を吐く。
「やっぱこれってモンスターの一種なんですかねえ」
 襲われそうになったものに良く……骨をツンツン突き始めたリイダの言葉にフレオは目を瞠った。
「……見るの、初めて?」
 何かいけない事ををした子供を見るような目に、リイダはとりあえず骨を弄るのを止める。
「うん、だってこの村って、スライムとか大グモとか小さめのモンスターばっかりで……だから中継目的以外で村以外の人が来る事って滅多にないんですよね。買い付けはこっちから出向くし。来るとすれば……」
 初心の冒険者が鍛錬に来るくらいで。言う前に、フレオがリイダの腕を引いて外にでるよう促す。首を傾げるリイダの目にバラバラになりっぱなしの骨が映る。
「あ、というかこの骨は片付けなくていんですか?」
 助けて貰ったのは有り難いが、ここは人様の家だ。いくらこの村の人達の感覚がずれているとは言え、家の前に骨が散らばっていては良い気はしないだろう。その位解らない人ではないと思うのだけれども。しかしフレオは骨には見向きもしない。
「いいんだ……片付けられなくなるから。下手に触れた方がかえって危険」
「へ?」と情けない呟きを漏らすリイダ。訳が解らないが、どこかただならぬ様子フレオに素直に従うリイダ。その耳にすすす、と何かが地面をこすっている様な音が届く。現場から離れながらも、首だけで振り返ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。見ちゃ駄目だとでも言いいたげにフレオが肩を寄せたが、余りに異様な光景につい目がいってしまう。
 バラバラになっていた骨が動いていた。しかも一つ一つかちゃり、かちゃり、と合体していき、元の形へと戻っていっている。
 眉根を寄せながら、フレオが舌打ちをする。
「くそっ……。思ったよりも再生が早いな」
 単語の意味位は理解出来る。再生、という事はこの骨、壊しても元に戻るように出来てるの? 本当に一体どういう仕組みなのだろう、この骨。
 混乱しているリイダの腕を力任せにつかむフレオ。
「ごめん、こればかっかりは僕の手にも負えない」
 言うフレオの表情は真剣そのものでも訳が解らない上、悲しきかな、通常男子よりも「へたれ」に分類されるリイダは、ただ流れに身を任せるしなかった、
「あー、そっかぁ駄目なのか……ってウソ!」
 ……訳はなかったのは、幼馴染が色々鍛えてくれたおかげである。ありがとう友よ。でも八年前に受けた仕打ちは、墓場にいっても忘れないと思う。
「とにかく教会に急いで!」
 え? 教会? 何で? まさかの神頼み? 疑問を投げかける前に、フレオが早く! と急かすので、とりあえず走り出し……と思いきや。目の前に骨がいた。後ろにも骨。
「フレオさん、骨! 骨に挟まれてる!」
「……もう一体いるなんて……。しょうがないな……ちょっと飛ぶよ」
 え? 飛ぶ? ぴょーんって? というか鳥みたいにパタパタと。いやいや、それはまさかなあ。取りあえず気を紛らわそうと色々考えていたリイダだったが、突如抱き寄せられて一気に混乱状態になる。
「え?! ごめんフレオさん。俺そういう趣味ない!」
 傍から聞けば誤解されかねない台詞も、緊迫した状態では突っ込む要素にもなりはしない。……といった風に、気にも留めずフレオは何かを呟き始めた。
 独り言? とリイダは首を傾げた。叫び声を耳にした気がしたが、確かにのんびりした村に骨が闊歩していたら、流石にこの村の人でも叫ぶだろう。あ、独り言が終った。思った直後、少年は奇跡の体験をする。


第9話へ/第11話へ/目次へ