>

おいでませ冒険者! 

その2「修練女と甘美な罠」

目次へ/次へ




 一体俺は何をやっているんだ? 灼熱地獄の下、教会の菜園の雑草をむしりつつ、イーダは考える。
 俺様は『魔王』である。一国の主というか『ローディス』という世界全てを司る存在である。世界によっては様々な形式もあるだろうが、雑草取りとか、洗濯とか、掃除とかする王はいないと思う。王とは民にかしずかれ、常に敬愛を受けるはずだからだ。
 じゃあ、何で俺は汗水垂らしながら草むしりやってんだ?!

*      *      *

「あ、イーダ。それは雑草じゃないよ、物覚え悪いんだから」
「んなこた言ったって、異世界の植物なんて解らねえからしょうがないだろが!」
「あんなにルカさんが丁寧に教えてくれたのに?サシィはもう覚えたもんね。ばーか、ばーか」
 元々口うるさい使い魔の言葉は、近い視線になった事でより鬱陶しさを増している。手の平サイズから外見上エリスやルカよりちょっと幼い程度の少女に変化しているサシィを見ながら、イーダは溜息をついた。
「……ザスの野郎も面倒な事やってくれたもんだ……」
「何言ってんの? 頼りなくて、自分勝手で、ちょー俺様な王様でも大事がないようにって気遣う忠実な宰相の鑑じゃないですかあ。それともナニですか? イーダは飛べないただの小人さんのサシィが、気付かれずにゴブリンに踏まれて、惨めに圧死する運命を辿ってもいいと考えますですか? ああ、駄目だあっ! もうサシィの未来は闇だらけなんだ――――ッ!」
「やかましいっ!んなこた言ってねえし、何でゴブリンなんだ!」
 泣き崩れる真似をした所で効果は無い。毎度の事でもうすっかり慣れている。口の端が笑みの形を作っているのがまる見えだ。
「……闇だらけなのはこっちだ、全く」
 どなられる場面で溜息交じりの呟きを耳にしたサシィは、余りの衝撃に演技を止める。当の主人は眉間に皺を寄せながら、黙々と草むしりを続けている。ぎゃあぎゃあルカともめながら作業していたのが、ひどく懐かしいもののように感じた。ほんの三日前の事だ。
「もしかしなくても、落ち込んでたりする?」
 覗き込むサシィの問いに、イーダは黙々と草を取りながら、応じない。真面目に一つの作業をしている主人の姿は違和感があって仕方がない。従順な使い魔にあるまじき考えかも知れないが、本当の事なのだからしょうがない。
「んなこたねえよ。昨日の聖気酔いの余韻が残っているだけだ」
「あ、そういう事かあ。随分長い事かかったもんねえ。ローディスとこっち往復するのに手間掛かるし。魔封じの指輪したまんまじゃ飛べないし、その間は魔性だからね。あれ? でもそれは指輪したらすぐ問題なくなるはずじゃ……」
 言い切ったところで、はっと口を噤むサシィ。我侭で自信過剰で、好き勝手ばかりやって来た主人が今の状況を認める訳はない。増してや何かに対して、落胆している姿などは決してあってはならないと思っているはずだ。
(意地っ張りも極まれり、ですねえ。くじけそうですよ、ザス)
『これは、いい機会かも知れませんよ。サシィ』
 どんな性格でも一国の王だ。流石に国を離れるのはまずいだろ、と得意気にサシィを送り込んだイーダの元に届けられたのは予想外の、彼にとっては最悪の結果だった。
『私はこの運命に感謝します。国の事については私が何とかして置きましょう。陛下には心配要らない、安心して、してしまった事の責任を取って来て下さいとお伝えなさい。ああ、後はもう一つ』
 ローディスの宰相である青年は、やけに嬉しそうな表情で告げた。
『別にこの国を乗っ取るつもりはありませんよ、とも言って置いて下さい。……必ず、ね』
 首を傾げずにいられない、やたら意味深な言葉を、しかしサシィは寸分違わず人間界に戻るなり主人に告げた。直後響いた主人の絶叫と、ルカのしてやったりな悪魔の微笑と共に、魔王様の借金返済の長い日々は正式に幕を開けたのである。
「現実は厳しいのですよ、イーダ」
「あ? 何訳のわかんねえ事言ってやがんだ。てめえは本当に俺の使い魔だって事解ってんのかよ?! いつもいつも、人のやる事為す事否定ばっかりしやがって」
 それは厳密に言えば正しくない。実際には肯定している方が確実に多いし、否定するのは問題があるからだ。それを理解せず自らを否定するとしか取らないとは、何と筋金入りの自己中なのやら。溜息も吐きたくなる。
『あなたも、愛のムチは結構ですが、陛下の性悪を煽る行為は程ほどにね』
 にこやかに、さり気無く主君に対して、暴言ともとれる発言をしたザスの姿を思い浮かべる。白を纏った外見上は魔族らしくない、穏やかな青年。
(解ってます、解っているのです。……でもねえ)
「そんなのはイーダの気のせいですぅ。それに今は使い魔じゃないもんね。ただのお目付け役の可愛い人間の女の子だもーん」
 急にやり方は変更出来ない訳で、結局はいつも通り。
「何だとコラ、屁理屈並べやがって」
「正論でしょ。それよりもイーダまた、それ抜いてる! 真面目にやらなかったら国に帰れる日が遠くなるだけだよ」
「―――――――ッ! さげんなっ!」
 自分にとって不都合な事は全て振り切るが如くに、作業の速度を速くするイーダ。
「気が短いんだからあ。あー、それじゃ駄目だってば」
「ごめん下さい。教会の方ですか?」
「何だよ、これは抜いていい草だろ?」
「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「駄目、根っこから抜かないとまたすぐ生えてきちゃうでしょ」
「……あーのー……」
「そんなん、また抜きゃいい話じゃねえか。俺はもういい加減太陽の下から解放されてえんだよ」
「……」
「そういう問題じゃあないのっ! ちゃんとルカさんが言った通りにやる事に意義があるんですぅー。イーダの、おバカっ」
「何だと、やんのかコラ」
「たのもうっ!」
 一生懸命絞りました、と言った感じのどこか掠れ按配の叫びに、二人は口論を中断して振り返る。声の主は余程頑張って叫んだのか、顔は紅潮し、肩で息をしている。何度か深呼吸をし、調子をとり戻そうとしている間の沈黙が、やたら長い。やがて、帽子を胸元に当て、深々と礼をされる。その仕草は先程の叫び声と結びつかない上品な婦人の姿だ。否、紳士か。静かに上げられ、見えたのは性別が判断し辛い、長い睫毛が印象的な中性的な顔立ちだ。自分達が人間だったら服装で判断できるのだろうが、と思いながら二人は黙って相手の言葉を待った。一般的な『修道士』の正装の相手は整った顔に穏やかな笑みを浮かべながら言葉を発する。
「私はポートム修道士協会の者ですが、シスター=ルカにお目通りを願いたいのですが」

*      *      *

 連日のような灼熱地獄。季節はまだまだ夏真っ盛りである。氷室の氷も使用量に制限がある為、少しでも涼しくなろうと人は工夫を凝らす。したがって、庭先で焚き火をしている光景はかなり稀だ。かと言って、先入観のみで変人扱いするのはお門違いである。そこには、複雑で且つ切実な事情があるのかも知れないのだから。
「近所迷惑にならない程度に押さえるのが面倒なのよね」
 ぼやきながらエリスは汗水流し、黙々と火をくべる。どう長い目で見たとしても、真夏には到底お目にかかれない光景を目にしながら、首を傾げずにはいられないフレオが背後に控える。しかも、一箇所ならまだしも、三箇所から煙は立ち上っている。只のゴミ処理などではないのは明らかだが、彼女から発せられる鬼気迫る何かが突っ込むことを許していない気がした。とはいえ、好奇心を押さえるのにも限度がある。
「それは、何かのまじないとかですか?」
 やんわりと攻めてみる。前向きそうでもその実は込み入った事情を抱える少女である。慎重にならなければ、と思う。第一分別ついたいい年頃の男が好奇心を丸出しにするのは、余りいい図ではない。とは言え、これはこれで好奇心と取られるか。
(……それ以前に外見上は只の少年だけどね)
 この村に来てから三日。結局少年の姿のままのフレオにエリスは振り返る事無く、返答する。
「ううん。スライム対策」
「? スライムが出るんですか? この季節に外に?」
 何気ないフレオのひと言は、エリスにとっては衝撃以外の何者でもなかった。ゆっくりと振り返り、フレオと視線が合う。
「……出ないの?」
 神妙な面持ちに怯みそうになりつつ、フレオは応じる。やっぱり突っ込まなければ良かったのかな、と後悔しながら。
「元々スライムは洞窟とか、古井戸とか暗くて涼しい場所に群生するものですし……。今は外界に生息する種類もあるようですけど、大半が水分の魔物だから火とか夏の陽光は苦手なはずなんですけどね」
「そーなの? だったら何でウチの可愛い可愛い夏野菜さんたちを荒らされなきゃならなかったのっ!」
「それを言われても……。これは通説であって魔物の生態系も変化しているって事なんでしょう……ね……」
 何とかこの場をやんわりと収めようとするが、エリスの不満は収まらない様だ。納得行かないと幾度と無く呟きながら、再び火をくべるその姿は傍で見ていて怖い、そして暑い。それは焚き火のせいだけど。
「じゃあ、魔除けの粉を使用するのはどうです? 万全ではないですけど結構被害は食い止められると思いますが」
 見える限り焚き火をしている家屋などは見当たらない、というよりはある訳がない。自給自足の割合が多いはずの田舎で菜園はここ一つきりの訳もない。知的生物ではないスライムが集中的にここばかりを狙うはずはなく、きっと他ではこういった処置を施しているに違いないと踏んだのだ、……が。
「フレオさん。ウチが借金だらけなの知ってるよね」
「え? は、ハイ」
「粉買ったらお金かかる。薪拾ってきたらタダ。塵も積もれば山となる。……解るよね?」
 明らかに調子の低い声。冷や汗か、本当の汗か、とにかく何かが顔を伝った。多分前者だろう。
「……ごめんなさい」
 しばらくの沈黙と共に、フレオは先入観で物事を言ってはいけない事を学んだ。世の中は本当に広い。

*      *      *

「ごきげんよう、エリス。まあ、まだこちらにいらしたのですか?フレオさん」
「いきなり、ごあいさつだなあ。営業妨害みたいな事しないでよね。ルカ」
 日傘を差し、外見は清楚なシスターそのもの。しかし、その口調には棘があるルカにしかしエリスは負けずに言い返す。
「まあ、そちらこそごあいさつですこと。確かにお会いできなくなるのは個人的には残念ですが、当方で解決策が見つからない以上はすみやかに解決を願うべく、他の都市への移動を勧めるのがお役に立てなかったこちらの努めではありませんの」
 案の定フレオが元の姿に戻る方法をこの村では見つけることが出来なかった。ならばもう用はない訳であり、ルカの言い分は正論である。問題なのはそれを個人的見解で言っている事だ。この清楚な少女は、ケダモノから天使を守りたいという、訳の解らない正義感で動いているだけなのだ。天使が悪人だったならば、その身をもって自らの行いを悔い改めなさいとそれらしい事を言うだろう。その辺りの白黒がはっきりしているのが、ルカ=タマルという少女なのだ。人の事は言えないから、突っ込みはしないけれど。
「あのねえ。基本を忘れているわ。フレオさん自身の意思を無視する事は商売上許されないわよ。こっちはちゃんと明後日の分までは宿代を頂いているの。それまで責任もっておもてなしするのが『ターシェン』に限らず、宿屋の流儀よ。そうとは思いませんことぉー?」
「うっ……。それは確かに道理ですわね」
 無理を通してまで我を張るような分別のない少女ではない。常識の範囲内で精一杯の主張をするのが彼女のやり方だ。何を基準にした常識なのかはさておき、とりあえずこの場に置いての勝者はエリスだ。
 ルカは決まりが悪そうに、頭巾を深くする。暑くて蒸れそうになっても神の前以外では、決して頭巾を取らないという協会の規範を守っている辺りは、多少なりの敬虔さは持ち合わせているのかな、と思わせる。
「大丈夫ですよ、ルカさん。あれも力が使えなかったら只の非力なだけの男ですから、身を守る位訳ないです」
 にこにこ屈託の無い笑顔で言うフレオに、流石にエリスも突っ込みたくなる。
「……さりげなく毒舌入ってるよね……フレオさんって」
「あはは。よく、言われます」
 そんな、素敵な笑顔で返されても困る。天然で毒舌とは、また面倒な。
「それでも心配ですわ。あの方も、事が済むまでずっとこちらにいるようにと向こうの方に言われてしまったようで。ま、個人的にはざまあごらんなさいな感じですが。ああ、いえいえこちらの話ですわ」
 相変わらず常識を逸脱している奴には容赦が無い。それよりも、そんな状況を作ったのはあっちだが最終的に誘い込んだのはアナタでしょうに、ちゃっかりしている。シスターとしては難ありだが、その考え自体は正しいとは断言できなくとも間違っているとはエリスは思っていない。弱い者に、害を加えている訳では決して無い。だから何と言おうと、エリスはルカを信じてるし、最高の親友と思っている。それは本当だ。
「昨日のご忠告は感謝してます。でもちょっとこの辺りの記録が欲しいので、あと二、三日は最低滞在が必要なんです。それまではよろしくお願いしますね」
「ええ、それは勿論ですわ! それにしてもこんな田舎の記録が何かの役に立ちますの?」
 やたら可愛らしく首を傾げるルカに、フレオは満面の笑みで。
「それは秘密事項です」
 と、きっぱり詮索を遮断した。対する二人は「そうか」と頷くのみだった。聞く権利は誰にでもある、しかし相手が否定の意を示したならば、無理矢理聞き出す権利は誰にもありはしない。聞かれたくないと、言っているのだから。それがエリスとルカ、そしてここには居ないがリイダの、幼馴染三人組の共通の考えだ。
「ルカさあ―――――んっ!」
 声がしたかと思ったときには、もうエリスとフレオの目にルカに抱きつく少女の姿が映っていた。背後からの不意打ちにさしものルカも軽い悲鳴を上げる。しかし、背後の少女、サシィの悪戯っぽい瞳と目が合った途端にその表情が緩む。
「あらまあ、サシィさん、ごきげんよう。作業は終わりまして?」
「ごめんなさい、まだなのっ。でもルカさんにお客さんが来たから迎えに来たんだよー。あ、イーダの事はちゃんと言われた通り縄つけて連れて来たから、心配ご無用!」
 本当に縄で手首をぐるぐる巻きにされているイーダの姿を見るなり、笑いを堪えるフレオとエリス。そして対称的に不満気なルカ。
「あらまあ……。別にわざわざ連れてこなくても柱にでも括り付ければ宜しかったのに」
「けっ、相変わらず血も涙もない女だな。清らかさの欠片もねえ」
 魔王が言っても何の説得力もない。
「失礼な。私はアナタの様な救いようのない方には言葉通り、救いの手を差し伸べないだけですわ」
「そうそうまずは自らを悔い改めよってね」
「ムカつく女達だな。事が済んだらどうなるか見てやがれ」
 手の出せない状況での必死の反抗に、しかし少女達は怯む事はない。
「別にアナタに可愛いと言われても嬉しくありませんわ」
「右に同じ。耳が腐る」
「あはは。イーダの負け!」
「やかましいっ! お前はどっちの味方なんだ!」
 苦笑しながらフレオが見つめる中、不敵な笑みを見せながらルカが口を開く。
「まあ、事を済ませる気があるのは一応褒めておいた方が宜しいですわね」
 皮肉たっぷりにしか聞こえず、ますます不機嫌になっていくイーダの視界には、同じ様な笑みを浮かべるエリスの姿があった。

第2話へ/目次へ