おいでませ冒険者! 

第1章「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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7(最終話)


「力も使えないお前に何が出来る。その気になれば、僕は今ここでお前を亡き者にする事もできるんだ。しないのは、そうしたところで、何の解決にもならないからだ」
 話の内容がさっぱり解らない労働者一同は、ただの傍観者と化している。
「はっ! 俺様が力を戻した時、同じ事が言えるのかよ。さあ、そこのシスター!さっさとこの指輪を外せ」
 勢い良く、指輪を嵌められた手を差し出すイーダに対し、一瞥を浴びせながらルカは、
「イヤですわ」
「「早っ!!」」
 凛と響く声できっぱりと、否定の意を返した。傍らのエリスとリイダが思わず突っ込みをいれてしまった程の瞬殺で。
「なっ、てめぇ。ふざけ……。がふっ!」
 腰に佩いた剣で、急所を突かれ、床に尻餅をつくイーダ。労働者一同はまじまじとその光景を見つめる。エリスはゆっくりと視線をフレオに移し、おそるおそるたずねる。
「……あのさ、改めて聞くけどさ……。魔力封じられているとは言え、この弱っちいヤツがホンット―に、魔王なの?」
「……らしいですよ」
「『らしい』って何よ!」
「だって、本名は凄い長くて本人も言えないらしいし。しつこく魔王を主張するもんだから。面倒になっちゃってああ、そうなんだなって割り切っちゃいました」
 掌返して、溜息を付くフレオに、イーダが鳩尾の辺りを摩りながら反論体勢に入る。……という試みは、エリスとルカがそれはもう萎縮する位の形相で見下ろしているという行為によって遮断された。
 始まったな。荷物を抱えながら、静かに礼拝堂の座席最後部に移動し、限りなく離れるリイダ。元々我の強い二人が、結託したら何が起こるか、彼は長年の付き合いをもってよぉーく知っている。その威力たるや、一足す一は二なんて次元じゃない。逃げないで、教会から去らないのは、勝手に逃げた場合、後から非常に怖いことが待っているからだ。 8歳の夏。うっかりそれを忘れて、身に降りかかった事は生涯忘れられないと思う。恐怖に怯えていた数ヶ月がウソの様に、今はもう傍観する事に慣れてしまったけれど。
 でも、それも何だか、逆に裏寂しい気持ちがするのは何故だろう。答えに行き着いた所で、何とかなる訳じゃないから考えないけれど。1つ溜息をついて、修羅場予定地点を目にしたリイダは、ある事を忘れている事に気付いた。そこには、顔面蒼白で絶句しているフレオの姿があった。
(ごめんなさい、でも今更そこには近づけません)
 謝罪の意味も込めて軽く、頭を下げた。冒険者の視線は目の前の光景に釘付けで、リイダの事など無関心だった。
 慈悲深き御父は、平安を取り戻すため、時には非情なる心をもって人間を粛清する時もあるという。昔、教会学校のシスター=ティーザから聞かされたことを何となくリイダは思い出していた。そういや、いつも今頃の時間はいるはずだけど、どうしたのだろうか。司祭に同行しているのか、奉仕活動に出ているのか。解らないし、聞きたくても今は聞けない状態だから、どうしようもないけれど。はっきり言えるのは、今のこの状態を見たら卒倒寸前くらいは行くんだろうな、という事だけだ。『だけ』で済む問題じゃ、もちろんないけれど。
 清廉なる気が満ちるはずの教会。満ちるのは、殺気にも似た、張り詰めまくった空気。哀れ余波を受けまくっている冒険者は、もはや硬直寸前。苦虫潰した様な顔で、少女2人を凝視しながらしゃがみ込んでいるの魔王(仮)の方がまだマシな状態だ。
「魔王を騙って、気の毒な方に害を為そうとするなど……卑劣極まりないですわね」
「いや、俺は別に騙ってなんか……」
「お黙りなさい!」
 可憐な容貌に似つかわしくないほどの厳しい口調をもって、睨みつけるルカ。
「はっ、これしきの事で足腰立たなくなっているくせに。ちゃんちゃらおかしいですわ。ねえ、エリス?」
「そうそう。魔力無くなるだけでこんなんじゃ本物の魔王が卒倒するわよ。これだったら昼間、追っ払ったスライムの方がよっぽど張り合いがあったってーの」
「……スッ……スラッ……」
 まるで自分が魔族最弱と言われているかのような信じられない台詞には、絶句するイーダ。魔王ではないとしても、人型の魔族だと言うのに。ちなみに、魔族では当たり前の情報が、意外と庶民には伝わっていないという事実をイーダは知らない。
 神聖術をもっているだけあって、ルカは知っているが、今はさくっと無視を決め込んで、エリスと同意を決め込んでいる。そのエリスはと言えば、腕与しながら、ニヤニヤと笑っている。
「まあ、よくよく考えてみれば。魔物が蔓延っていなければ冒険者もいらない訳だし? ……さぁて、どーしてくれよーかな? ルカの神聖術で痛い目に遭わすってのはどうよ」
「エリス。今まで何度も説明しませんでした? 神聖術は基本的には護りの術なのですわ。種族問わず、危害を加える事は出来ません。ああ、この方が命ない存在であれば浄化は可能ですけれどね。ゴーストとかスケルトンとか」
「あー、そーやそう言うもんなんだっけ」
「でも貴方は女の子だけど体力はあるから……まあ、それなりの事は出来るのではありませんの?」
「まあね〜。お母さんと二人三脚で一生懸命宿屋切り盛りしているからね。体力は自信満々よ」
 いかにも楽しげな表情のエリスを、あくびしながらリイダは思う。準備中の札だけカウンターに置いて、放置している人間が何を言ってるんだか。多分今頃は、買い付けから帰って来た、彼女の母親がさぞや慌てているに違いない。それ以前に、体力と腕っぷしは比例しないと思うのだけど。
「よぉーし。ええとー、とりあえずは往復ビンタあたりからかなー。軽く百連発ほど」
「あわわわわわっ! まってくださぁい!」
 嬉しそうに、素振りを始めるエリスに待ったをかけたのは、両腕を一杯に広げて立ちはだかっているサシィの姿だった。しかし、いかんせん掌サイズの小人さんなので、立ちはだかっているとは言いがたい。
「サシィ……お前……」
「たしかに、イーダは典型的ないばりんぼ魔王で、少しは痛い目に遭わないといけないわがまま男だけど、百連発なんか受けたら再起不能になっちゃいます! 打たれ弱いから! ああー、もしかしたら死ぬかも!」
「……てめえにちょっとでも期待した俺がバカだった……。まあ、庇ってくれたのはありがとよ」
 魔族達の会話を受けて、殺気立っていたエリスとルカは、急にキョトンとした表情になる。おずおずと、エリスがしゃがみ込んでサシィと視線を合わせる。
「えーと、サシィちゃんっていったっけ」
「サシィでいいですよー」
「じゃあ、サシィ? 今この人の事魔王って言ったわよね」
「言いましたですよ。一応こんなんでも、私たちの世界『ローディス』の第百五十六代魔王ファレ……えっとぉ」
 何回か首を傾げた後、開き直ったかのように、右腕を上げながら、サシィは高らかに宣言するような仕草をとった。
「と……とにかくイーダは本当に魔王です。それは確かですぅ」
「お前主人の正式名も言えねーのか!」
「むぅ。イーダだって、自分で自分の名前言えないくせにッ。舌噛むくせにぃ!」
「るせぇな、文句なら親父に言いやがれ!」
 暫くの間気圧され続けていたイーダも、使い魔につられて、いつもの調子を取り戻しつつあった。
「魔族にも親なんているんだ」
「いますよぉ。イーダのお父様……先代の魔王様は本当に立派な方だったのに……、ああ、サシィは『ローディス』の未来が心配です! 三代前の魔王様の御代からお仕えしてきて、初めてですっ! こんなに、苦労が絶えない時代は! いくらなりたての新米魔王だからってー!」
 泣き真似しながら、叫ぶサシィの姿に、「苦労していらっしゃるのねえ」なんてルカが目を潤ませながら頷いたりしている。それにしても。エリスとルカは小さな体の可愛らしい魔族を見て思う。三代前からって、一体この子は何歳なのだろう。
「ところで……お話を聞いてもしやとおもったのですけれども……。ようするに魔王は世襲制なんですの?」
「です。イーダは、先代様の一人息子なのです。兄弟姉妹は他にいらっしゃいません」
 一気に脱力を覚える二人。国王の息子である王子が、時代の国王になるのは世界の常識。ならば魔物の世界も同じで、魔王の息子だから、魔王。人間世界の通説としての魔王と言えば、魔族最強が基本。しかし、それは勝手な印象であって誰かが直接確かめた訳ではない。理屈では解っても、納得するのはどこか腑に落ちない二人であった。
「サシィ、そう思うんだったらな。尚更真面目に補佐しやがれ! 大体魔王の勤めを全くこなしていない訳じゃないだろうが! 次代の血を残すべく伴侶探しに没頭する事だって、立派な帝王学だ!」
「なーに、カッコつけてるんだか! 勉強なんかいっつもサボってたくせにー!」
「……魔王」
 呟きに一同が、振り向くとそこにはようやく正気を取り戻したらしいフレオの姿があった。微妙に口の辺りを引きつらせている。
「何だ、フレオ」
「この際だ、改めて言っておく。僕はお前の伴侶になる気はこれっぽっちもない! お前の勝手なシュミで解呪を阻止されるのはもう迷惑だ」
 沈黙がほんの僅か流れ。
「「はぁ―――――――――――?!」」
 割れんばかりの女性陣の声が、教会全体を揺らした。黙って傍観していたリイダも、理解不能のフレオの台詞に目を瞬かせている。
「趣味たぁなんだ、俺は純粋に綺麗な少年が好みなだけだ! 二十過ぎの人間の男なんか、ごつごつしてて抱きしめられやしねえじゃねえか!」
「それをシュミって、言うんだよイーダ。確かに魔族の間じゃあ、男同士でも問題ないけどさ。人間さんとの常識の違いってものがあるんだから」
「人間どもの常識なんぞ知るか。俺らの国であれば、俺らの常識に従うのが常じゃねえか……って何だその素振りは!」
 ヒュンヒュンと近くの人間には十二分に聞こえる音で平手打ちの予行演習をしているエリス。何を考えているのかわからない、無表情をその顔に浮かべながら。
「男の方の……いえ、全生物の風上にもおけませんわね。いいえ、存在意義すらあやしいですわ」
 素振りをやめ、ボキボキと指を鳴らすエリス。
「サシィ、ゴメンね。貴方のご主人様、やっぱおイタが必要みたい。えーと、どの程度なら耐え切れるかしら?」
「あら、容赦なくやってしまいなさいな。この方が魔物を外界に逃がして、私達に迷惑がかかっているのは事実。その分も含めて……ね」
「えーと、魔物を放っているのは別の世界の魔王さんですー」
 また、新たなる魔族の情報が飛び込んで、エリスは戦闘態勢一旦解く。そんな彼女に使い魔は、人間が思っている所の「魔界」は三つに分かれている事実を告げた。魔族の世界も複雑なんだね、という程度で流されたが。
「なる程、でもだからといってフレオさんにした狼藉が免ぜられる訳ではありませんわね。さあさあ、エリス」
「むー、じゃあせめて十発くらいにしておいて下さぁい」
「サシィ! く……冗談じゃねえ!」
 ようやく動くようになった足腰を持ち上げ逃げようとしたイーダであったが、それを上回る素早さをもってフレオが羽交い絞めにする。
「今までの恨み、ここで晴らしたい所だけど。とりあえずはエリスさん、貴方からどうぞ。なんなりと」
「サシィ! この、不忠者が!」
「これも試練だよ。イーダ」
「ふざけんな―――――!!!!」
 魔王の悲痛な訴えと。
「じゃ、いっきまーす!」
 利き手を振り上げるエリスの楽しげな声と。
「こ…これは一体何事なのです!!!」
 女性の激しく、厳しい叫び声が、ほぼ同時に響き渡る。
「あ、ごきげんようです。お帰りなさい、シスター=ティーザ」
「あ……ああ……、ごきげんようリイダ……。って……ああっ!」
 絶叫しながら指し示す先には、無残に砕け散った御父の像。
 声にならないうめきを挙げながら、血の気を失って仰向けに倒れるのをリイダが慌てて支えた。
「ああ……なんて事でしょう……私達のお父様が……ううーん……」

 三人組の所業に慣れっこなはずのティーザも、さすがにこれには参ったらしい。神の像は、教会の象徴なのだから。でもただの彫刻じゃんと思う気持ちは、口には出さないでおいたリイダであった。
「シスター、お留守の間にこんな失態申し訳ありませんでしたわっ」
 駆け寄り、ティーザの手をそっと自らの両手で包みながら目を潤ませているルカ。さっきまでの、魔物顔負けの気迫はどこへやら、である。
「普段どおりお勤めをしておりましたら……突然、こちらの方が、押し入ってあっという間に……ッ!」
 涙を流しての熱演、呆れを通り越して拍手したくなる、見事だ、見事すぎる。思えば、この見事な演技をもって多くの迷える子羊の心が癒されているのも事実なのだけど。ちなみにその大半が男性というのは、余談だ。
「まあ……なんという……」
 まだふらつきながらも、ティーザはルカの手を借りて立ち上がる。
「こちらの冒険者の方が駆けつけていなかったら、どうなった事か……」
 え、と漏らしながらも、いやあそれほどでも、と乾いた笑いをもらしつつ演技にのっているフレオ。礼儀正しいようで、実は結構ちゃっかりした性格なんだなーとリイダは冷静に分析していた。
「と……とにかく自警団に知らせなければなりませんね」
「お待ち下さい! シスター。司祭様が不在の今、事を荒げてはいけませんわ」
「それはそうねルカ。でも…かといって、その人を無罪放免にするわけには……」
「ええそれはそうなのですわ。それでシスター? 私考えたのですが」
 手を組み、切なる訴え(見かけだけ)をルカは発する。
「神へ対する冒涜は、神への奉仕で償うべきです。どうでしょう、シスター。丁度人手不足だったのです、この方に奉仕活動をして頂くのです。我が教会は幸いにも男子禁制ではございませんし。そうすれば私達の負担も減りますし、この方もきっと悔い改めて二度とこのような事はなさらないに違いありませんわ」
 ああ、そういう手があったかと手を打ち鳴らすエリスと、すかさず突っ込むリイダ。対象であるイーダは、聞き捨て成らんと目を見開いていたが、その口はフレオによって封じられていた。もがいている間にも、魔王の気持ちとは裏腹に話は進む。
「それは……いい考えだけど。司祭様の不在中に勝手な判断もしてはいけないわね。とりあえず、司祭様がお帰りになるまで仕方ないけれどこちらにいてもらいましょうか」
「そうなさいませ。シスター、少しお休みになって下さいませ。まだ顔色が芳しくないですもの」
「もうそれ程支障はないけれど、ちょっと遠出の疲れもあることだし……お言葉に甘えましょうか。じゃあ、後はよろしく頼みましたよ、ルカ」
 言い置いて、立ち去るのを確認すると、途端に天使の微笑みは、悪魔の微笑に変化する。
「そう言う事なので、しばらくの間我慢してくださいましね。イーダさん」
 相変わらずの微笑を携え、ぼそりと呟いた一言を、その他一同は忘れないだろう。
「魔封じの指輪三万リーク、神像の修復代……最低四万リーク……。計七万リーク分、しっかり体で返して頂きますわよ?」
 鼻で笑いながら、トドメの一言。参考までに、教会の生活費は一日五リークが目安である。質素倹約を努める教会は、とにかく徹底的に質素だ。ちなみに収入源は、奉仕活動で作った焼き菓子や、日常雑貨の収益のみだ。賃金などという言葉は、存在しない。
 奉仕活動……別名は「タダ働き」
「ふざけんな―――――ッ!」
 魔王サマの切なる叫びは、徒労に終わる。慈悲深い神は、粛清をもって、憐れな魔王を諌める道を選ばれた。……かは、知らないけれど。

*      *      *

 嵐が去った後に残された者達は大きな溜息をついた。安心感と同時に、一気に疲れが押し寄せるような、経験の無い感覚が一同を満たしていた。
「一応一件落着……なのかな。じゃ、行こうかエリス。フレオさんも」
「あれ? なんでリイダもついてくるの?」
「だって、まだ配達の支払い終わってないでしょ。金庫の鍵はここにないんだから」
「ああ、そっか」
 まさか真面目に忘れていたんじゃないだろうな。思わず、荷物を落としそうになる。
「……おいおい。それにしても、エリス……大丈夫なの?」
「え? 全然大丈夫だよー。それよりも、稼がなくっちゃ借金も返せないしね! 今止めたらただ路頭に迷うだけだし? それよりはマシ!」
「……本当に前向きだよね、エリスって」
 いくらなんでも立ち直りが早過ぎだ。
(ま、それがエリスのいい所なんだけどね)
 思った事は敢えて黙っておいた。


―その1 完―


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