おいでませ冒険者! 

第1章「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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第6話

 清廉なる気が満ちるはずの教会の中。響くのは苦悩の冒険者の独白。そして、憂鬱なる魔族の呟き。
「ねえ、イーダぁ。もう今日は諦めて『ローディス』に帰ろうよぉ。サシィちょっと教会酔いしてきちゃった」
「だったら、てめぇだけ外に出てやがれ。俺はフレオの奴を待つ」
「そんなの外で一緒に待てばいいじゃん。もう教会ヤダ」
「あのな。いい加減言い飽きたけど敢えてもう一回言うぞ? お前は俺の使い魔なんだぞ? いつ何時たりとも、主人の側に仕え、守り、補助する存在なんだぞ」
 矢継ぎ早の言葉に、口を尖らせるサシィだったが、すぐさま反論する。
「だったらイーダは主人としての自覚あるの?」
 珍しく真剣な眼差し、思わず言葉に詰まりそうになる。
「サシィはちゃんと自分の意思で行動させてもらえてる。それは嬉しい事だよ。でもね、それはちゃんとした主人に仕えられてこそ、本当に発揮できるものなんだよ。イーダにはそれがないもん。だから、サシィはワガママを言う。自由にするの」
「な……俺は魔王だぞ? ちゃんとしてねーたぁ、どう言う事だ」
「それは、言わない。自分で気付けばぁ?」
 いつになく、厳しい口調に自然と苛立ちが生まれる。動揺が露になって来る。こんな感情は初めてだった。イラつきが止まらない。
「こら、てめぇ、いい加減に!」
 声を荒げたと同時に、突然猛烈な吐き気がイーダを襲った。
「ひと時の休息を与えたもう」
 耳に届く静かな、しかし凛とした声と共に、体の中のものを全て出しそうになった吐き気は瞬時に治まった。同時に目に飛び込んで来たのは、落下するサシィの姿。
「え? うわーんっ! 落ちるー」
「サシィ!」
 血相を変えて、両手でその体を受け止める。腰を摩りながらも無事な姿を確認すると、その表情が和らいだ。
「人がお話をしている最中に騒がしくするのは非常識ですわよ」
 ルカがいつの間にか傍らにいた。無表情のようで、静かな怒りをを秘めているようにも見える表情。肉がどうとか嘆いていた敬虔らしからぬ発言をしていた姿は少なくとも感じられない。
「失礼とは思いましたが、当方特別製のその指輪で一時的に貴方の魔性を封じさせて頂きました。……それにしても貴方、本当に魔王さんですの?」
「まだ疑ってんのか!」
「だって余りにあっさり術中に嵌ってしまわれたものですから。仕掛けた私の方がビックリですわ」
「スキだらけー。スキだらけー」
「……お前がガラにもなく真剣な話しぶりになるから油断したんじゃねえか」

「えー! サシィのせいなの? 責任転嫁! 無責任! ヒドイー」
「ヒドイですわね。本当に」
 イーダの手に収まっているサシィに笑みを送ると、可愛らしい笑みが返る。
「話がわかるぅー。シスターさんっ!」
「嬉しがるんじゃねえっての。早いとこ元に戻せ」
「あの二人の話が済むまでお待ちなさいな。気分がよろしくなっただけでも感謝して欲しい位ですわ。まったく礼儀がなっていないったら」
「あー本当だ、気持ち悪くない!」
 主人と使い魔は一心同体が故に、術も連動しているのだろう。
「俺はまだ余裕だったんだがな」
「でももう少し時間が経ったら解らないでしょう? あの方のお話はちょっとかかりそうですし。貴方はあの方に用事があるのでしょう?」
「用事って言うか……」
 「魔王」を名乗る自分に臆する事も無く、むしろ上から見下ろされている空気すらイーダは感じていた。ふんぞり返った図々しい生来の性格が発揮できないくらいには気圧されていた。対するシスターはと言えば、ただにっこりと天使の様な微笑を浮かべているだけだ。
「シュミって言うか?」
 にかっと笑いながら言うサシィの発言が、呆けそうになっていたイーダを我に返させた。
「シュミ……?」
「ば……こら余計な事を言うんじゃ……」
「ちょっとキミタチさ、いい加減声を潜めなよ」
 囁くような声で、傍らにいたリイダが諌める。呆れたと言わんばかりに溜息を吐きながら、目を細めたりしている。
「ルカ。君もさ、止めようとして話し込んでどうするの。静かに話していたつもりでも、ここは他の建物よりも音が反響するんだからね? しかもルカは声高いから通るし」
 限りなく抑え目にしながらも正確に伝わる声。
「リイダの言うとおりですわね。それでは、お二人とも、話はまた後で」
 不満に眉根を寄せながら、イーダは黙するのみだった。

*      *      *

「エリスさん、この子を見てどう思います?」
 一方的に語られるとばかり思っていただけに、意表を突かれた。内容が曖昧なのも併せて、なかなか答えが出てこない。そんなエリスの様子を見やり、フレオは不敵な笑みを零す。
「珍しいとか、変わっているとか……新手の魔物だとか思ったはずですよ」
 ムッとしそうになるのを何とか押さえる。こんな風に人の心を勝手に想像し、決め付けるような言い方をする人間は好きじゃない。でも、変わっていると思ったのは事実だ。そう思わない人間の方が少ないに決まっている。何せ、猫に羽が生えている生物なのだ。しっくりいかない感情を抱えつつ、首を縦に振る。
「この子は、元は猫と鳥だったんです。合成獣(キメラ)なんですよ」
『キメラ』
 聞き慣れない単語に首を傾げるエリスに構わず、フレオは話を続ける。
「複数の生物を掛け合わせてまったく新しい生物を生み出す技術です。都ではさして珍しい事ではなくなっています」
「そんなもん何の為に必要なの」
「それははっきりとは明かされていませんが、たぶん国家級の秘密事項なんでしょう。とりあえず今は金持ちの道楽ですね」
「うわ……悪趣味」
「でもそれが都の現実です。チェカルもそうして作られたキメラでした。僕の死んだ妹が可愛がっていた猫と小鳥で作られたね」
 余りの内容の重さは、さしものエリスの口も閉ざしてしまう程の力があった。苦笑しながら、フレオは自分の過去を話しだす。
 妹が死んで数ヶ月経ったある日、貴族の使者を名乗る男が現れ、猫と小鳥を譲って欲しいと言ってきた。手元に大金を携えて。両親はまだ妹の死の悲しみにくれていたが、心優しい我が子が拾ってきた動物達については厄介と思っていた。居なくなる上に、大金が入るのであれば都合の良い事この上ない。息子の制止を振り切り、取引は成立した。
「納得のいかなかった僕は……何とかその者の家を見つけ出し、取り戻そうと捕まるのを覚悟で侵入しました」
「良く、中に入れたね。凄い人の家だったら色々仕掛けてありそうなのに」
「魔術が専門ですから」
 そんな当然です、なんて顔をされても。
「何とか見つけたけど、結果はご覧の通りです。泣きたいを通り越して、情けない気分になりましたね。後を頼まれたのに」
「だから、都の教会ではなくこんな田舎の教会を訪ねてこられたのですか?」
「うわ、急に入り込まないでよルカ」
「入り込んじゃダメとは言われませんでしたから。どうせお互いが勝手に話だした事で、二人だけの話ではないのですから宜しいのではありませんか」
 納得できるような、屁理屈のような問いかけをしながら、ルカが目線を送ったのはエリスではなく、フレオだった。
「なぜ「だから」なんですか?」
「いえ、たとえ途中に理不尽な経過があったとは言え、盗みに入った訳ですから都のお尋ね者になってしまわれたのではないかと思いましたので。お体が小さくなった理由は解りませんけど。きっと都合がよろしくなかったのでしょう? チェカルさんを元に戻すためにとか」
 ただの想像ですけどねと相も変わらずにっこり微笑むルカを目にして、フレオは苦笑を漏らす。
「うーんと、まあ当たりなんですけどちょっと違うかな……。確かに僕が冒険者になったのは、元に戻す方法を探したかったからです。冒険者になれば色々情報も集まりますから。でも探って行くうちに戻すのは今の技術では不可能という結論に達しました。もう一つの生物になってしまったんですからね。チェイニーでもない、カールでもない、まったく新しい存在に」
 『チェイニー』とか『カール』というのは、猫か小鳥、どちらかの名前なんだろう。だから、新しいこの子の名前は二匹、否一匹と一羽の名を併せて『チェカル』か。
「とにかく気分一新、チェカルと一緒に旅を続けようと。あ、もう家出同然でしたからね。そうしたら……詳しい話は言えませんけど、こんな事になってしまいまして。色々と不都合なので、今は体を元に戻すべく地方を行脚中という訳なんです。僕の話は以上です、エリスさん」
 苦労話を聞かされて心が動かされなかった訳じゃない、同情すらしたくなった。かといって、今まで自分が冒険者に抱いていたわだかまりがすぐに消える事もない。ただこうして、訳あって冒険者の道を歩んでいる者がいるのは心に留めておくべきだと解ったから。
「ん、まー。認識は改めておくわ。優遇な点はまだ納得いかないけどさ」
「あ、それを言われると辛いかも知れません。値する働きが出来るように努力しますよ。でもまあまずは、元に戻らないと話しになりませんけどね」
「そうそう、私思ったのですけど」
 間に割り込むように、現れたルカに思わず飛び上がりそうになるフレオとエリス。
「だーっ! またあ!」
「いいじゃありませんの、思いついた時に言わないと忘れちゃいますもの」
 人差し指をびっと挙げて、揺ぎ無い決意と言わんばかりのルカ。全然自分は常識的な行動してないじゃんとリイダは心の中でつっこんでいたりした。後が怖いから、口には出さないけれど。触らぬルカにもたたりなし。というよりは、真面目に神の罰とか喰らいそうでコワイから、とリイダは心底思っていた。
「ずっと勝手に誤解してたんですけど、フレオさんの呪いはこちらの方がかけたのではありませんのね?」
 ルカはイーダを指し示し、フレオは頷いた。魔性を消されて、ご丁寧に羽まで消えて外見上、普通の人間となんら変わらなくなっているイーダは、仏頂面しながら沈黙を守っている。
「犯人が解っていれば……こんなに色々回ったりはしませんし」
 呪いを解く一番簡単な方法は、かけた本人に頼むことだ。とは言え、呪いをかける位悪どい人間が、あっさりと頼みに応じる事はまずありえないのが定説。
「それにしたって、都じゃなくてもいくらでも大きい街はあるのに、なんでまたこんな何もない殺風景な、旅人が中継地に使うしかない、ド田舎に」
「……エリス、一応生まれ育った村なんだからさ。……確かに、目立ったものはないけど」
 エリスとリイダの会話を聞き、思わずフレオが噴出した。
「ああ、スミマセン。話を続けさせて頂きます。大都市の教会は意外とケチな方々が多くてですね。毒なら解毒薬買えばいいだろとか、こんなはした金じゃ話にならんと言う方が多いんですよ。僕も決して高給取りじゃないですから。魔物を倒したり、ギルドで仕事をこなしたりしなければ収入は無い訳ですし」
「……冒険者優遇、……なのに?」
「大都市は特殊ですよ。お抱えの傭兵団や騎士団がいますから、冒険者の需要はほぼないんです正直な話」
 本当に意外な事実だった。大都市であれば、大層崇め奉られているとすら思い込んで居ただけに。思わず言葉に詰まったエリスに「そんなに考え込まないで下さい」とフレオは、微笑んだ。
「だったら秘かに隠れているかも知れない、高名な方を求めて行脚してみるのもいいかと思いましてね。幸い僕の呪いは、生命に関わる事や期限があるものではないようですし。世界も見てまわりたいと思っていたし……。勿論、早く戻りたいですけどね。ああ、そうだエリスさん」
「はい?」
 冒険者に対する感情が、急激に変化しようとしているせいか、混乱状態のエリスに対し、フレオはにっこりと満面の笑みを零した。
「色々、失礼な事言って差し出がましいかも知れませんが、お部屋を一つ用意して頂けませんか?」
「へ?」
「ああ、動物は禁止ですか?」
 ゆっくりと、視線を肩に止まっているチェカルに向ける。『ターシェン』は中継地という事を考慮して、厩舎も一応用意してある。
「えーと、さっきみたいな大きな泣き声がなければ大丈夫……だけど」
「それなら、気をつけます」
 徐々に、気持ちが落ち着いていく。同時に、生来の商人(とは違うが)魂も再び呼び覚まされる。にっこり微笑む、外見少年、中身青年。これは、金ヅルだ。人一人泊まったくらいでは、多大なる借金のホンの一部にしかならない。しかし、考えを転じれば、それだけの足しになる。塵も積もれば山となるのだから。
「ウチは、料金前払い。食事代は別途。それでもいいなら早速手配するよ」
 冒険者への気持ちが完全に善処されている訳ではないので、ちょっと嫌味な感じの口調も忘れずに。
「それは良かった。シスター、こちらの司祭はいつ頃御戻りですか?」
「明後日までは戻ると思いますが……。あの、私がいうのも何ですが、ウチの司祭様はごくごく一般的な司祭ですわよ?」
「念の為です。後は、折角来たのですから村を見て周りたいですし。……ちょっと色々確かめたい事が出来ましたし」
 ルカは、首を傾げながらも「そうですか」と短い返事を発するのみだった。
「じゃあ、早速案内お願いします」
「了解!」
 互いの苦しい部分がどうしても身近になってしまって、気付かないけれど。労働者にも事情がある、そして冒険者にも苦悩がある。捕らえ方は、人それぞれだけど。少なくとも、ここにいる一同は何かを学び取り。そして、心新たにそれぞれの役割を果たしていく。
 この先なにが起こるのかはさておき。これにて、教会での騒動は一応は一件落着。
「ちょっと待ちやがれ!フレオ!」
 まだ終わってないぞとばかりに『魔王様(仮)』が待ったをかけた。騒動は、もう少し続くらしい。


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