おいでませ冒険者! 

第1章「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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 『ターシェン』は特別なウリがある宿屋ではなかった。舌鼓を打つという程ではないけど、暖かい美味しい料理。高級な羽毛を使用している都の宿屋に比べれば、各段に安いお手ごろ価格の布団。本当に、どこにでもあるような普通の宿屋。都からは凄い離れた僻地の村だから、利用客は決して多くは無かった。即ち、儲かってはいなかったけれど、大きな無駄遣いをしない限りは普通に生活できる位の経済状況は保たれていた。
 そう、我が家には何の問題もなかったはずなんだ。馬鹿親父の、あの一言さえなければ。私は、最初から無茶な考えだと思っていたんだ。
「突然だが、ウチは冒険者の宿にしようと思う」
 意気揚々と、朝食の席で得意気に話す、父親の言葉は、本当に突然で且つ唐突だった。加えて、理解不能。やれやれと、エリス(十歳)は溜息つきながら、軽蔑の眼差しを浮かべている。反して隣の母親は、困惑の表情を露に、動揺しまくっていた。
「必要性が全く見出せない」
 反対され、明らかに不機嫌そうな父。即ち自分の意見を疑わず、後先も何も考えていないという事。全くもってとんでもない話だ。
「何がだ、エリス」
「一つ。この辺りは魔物が出る場所じゃないから、冒険者は大した被害も受けない。よって普通の宿屋でも十分に休息が可能」
「強い魔物が全く出ない、という保障も無いだろう? それに別に魔物と戦わなくても大幅に体力を消耗する事だってある」
「一つ。ここは経験値稼ぎも出来ない田舎で、只でさえ冒険者が来ないのに、専門設備にする必要性が不明」
「いや、冒険者専用にするつもりはないぞ。ただ設備をそういう仕様にするだけだ」
 飽くまで意見を押し切ろうとする父に対し、机を叩きつけながら立ち上がるエリス。朝食が飛び上がって目玉焼きの黄身部分が、ひっくりかえって見えなくなった。食べられなくなった訳じゃないからそれは別に問題はない。大いに問題ありなのは、父の主張だ。
「だからそういう仕様にする意味が解らないっつってんの! そこまで言うんだったらちゃーんとした私たちを納得させるような理由を提示できるんでしょうね?」
「ああ、あるとも。エリス、まさか父さんが何の考えもなしにこんな事を言うとでも思っていたのか?」
「うん」
 娘の即答に不服ながらも、思い当る節のある父は初めて沈黙を生んだ。法に触れない限り、前科と呼ぶのは相応しくはないものの、それに限りなく値する過去の所業がこの父にはある。無論、一度や二度の話ではない。そしてその全てが思いつきで且つ考えなしな行為ばかり。口に出すどころか、想像すらもはらわた煮えくり返る事ばかりなので敢えて具体例を挙げたりはしない。まあ、例えてみるならば。
「これ以上、魔物に邪魔されるのが嫌だから、ちょっくら魔王倒して来るよ」
 と、何の装備も無しに旅立つ、という感じだろうか。極端すぎるかも知れないが、どうかそれで勘弁して欲しい。
 とにかくも、そんな父が珍しくも理由あって何かを提案するという、稀……否、初の事態にさしものエリスも耳を傾けてみようとこの時ばかりは思った。
「お前はさっき冒険者が少ないから、意義がないと言ったな。しかしだな、その少ない冒険者の存在によって、私達の安全が保証されているのも確かだ。そうだろう? 幾ら優遇だなんだのともてはやしてはいても、この村人の冒険者への認識は薄い。それは改善されるべきだ、そう思ったんだ!」
 熱弁に母が目を輝かせている。普段が普段だけに、父の姿がよりしっかりした存在に見えているのだろう。確かにそれに値する立派な意見だとはエリスも思った。その意見だけならば、の話であるが。どうだといわんばかりの自信に満ち溢れた表情を浮かべる父に、しかし娘は冷静だった。
「その意見は立派だと思うよ」
「そうだろう、そうだろう」
「で、どの辺がウチの運営形態を変える事と繋がるのよ」
「……え゛」
 自信に満ち溢れた表情に、冷や汗がたらり。
「それだったらさ、ビラでも作るなり、掲示板で主張するなり、集会開くなりして考え述べればいい話でしょ。ちょっと、お母さんも騙されない!」
「そんなっ、せっかくお父さんが珍しく立派な事を言っているのにっ」
「財政が掛かってんのよ! 失敗する率の方が絶対でかいに決まってんのに、立派も何もないでしょーにっ!」
 この両親の反面教師の結果として、現実主義の娘あり。齢十にして、夢は妄想でしかないと結論付けている少女は世界広しと言えど、滅多にいないだろう。
「さっきから聞いてれば、なんだ頭ごなしに反対しているだけで、父さんの立派な志は無視か!」
「人の話無視してんのはそっちでしょーがっ! こっちの方がよっぽど納得できる理由を提示してるじゃん! わかんないか? この馬鹿親父!」
「親に向かって馬鹿とは何だ、馬鹿とは」
「馬鹿に向かって、馬鹿って言って何が悪いのよ。第一親面するなら尊敬に値する事一つくらいしたらどうなのさ。ばーか、ばーか」
「何だとー! 助けてもらった冒険者に恩を返したいと思う心は尊敬には……」
 父はしまったとばかりに口を塞いだ。対するエリスは、したり顔。
「何だ、やっぱ個人的理由の思いつきなんじゃん。立派な考え提示して丸め込もうと思っても私には通じないわよ? ああでも、恩返ししたいって気持ちは立派だと思うよ。それに免じて、バッカな戯言は不問に伏してあげるから。その気持ちを心に、今まで通りの営業を」
「いや、そう言うわけにはいかない」
 自己完結させようとする娘に父はまったをかける。
「どういう事よ」
「ふっ、甘いなエリス。父さんが、お前の反対を見越していなかったとでも思っていたのか」
 にやにやと今度は父がしたり顔、一抹の不安が過ぎる。
「……何、企んでるの」
「すでに、先手は打っておいた」
 馬鹿だ、いや底なしの大馬鹿野郎だ。聞く前から結果が見えているのが、情けなくてたまらない。
「もう寝具一式は業者と契約を結んだからな!」
「こんの、ボケ―――――――――――――ーっ!」
 呆れてものも言えない心境ではあったが、ここは口を閉ざすわけには行かなかった。
「五代続いた『ターシェン』を一瞬にして消し去る気か!」
「やってもみないで好き勝手言うな。後で泣きっ面みせても父さんはそしらぬ顔するからな! はっはっは」
 馬鹿じゃ足らん。もう救いようのないアホだ。笑ってる場合か、コラ。母は、冷め切った紅茶を啜りながら我関せずを決め込んでいる。しかし根性で生きている娘をなめてくれるな、そうは問屋が卸しはしない。
「業者の連絡先! 私が断って来てあげる」
「それはダメ、契約者は父さんだし、十五歳未満のお前に契約資格はない」
 うぐ、と口を噤む。こんな時だけ、法なんか持ち出して。最悪だ。
「成功すれば暮らしも豊かになる。お父さんに任せておきなさい」
 最早言うことは無い。心の中には、ただ怒りが残るだけ。
「この馬鹿親父。馬に蹴られて死ね!」
 初代から数えて百余年。(一応)老舗の村の宿屋『ターシェン』の悲劇の運命は始まったのである。

*      *      *

 それで冒険者に恨みを持つのはわからないでもなかったが、要は度の過ぎまくった親子ゲンカじゃないのか。と、ルカとリイダを除く一同は思っていたのだが、誰も口にする事はなかった。否、例外が一人。
「それって、只の親子ゲンカに冒険者を巻き込んだだけじゃねえのか」
「むぅ。イーダの無神経ー。火に油になるから誰も突っ込まないんじゃん」
「黙れ、馬鹿魔族共が」
 エリスのやたらドスの聞いた声にうっかりと畏怖の念を感じてしまうイーダ。ルカに続き、本日二回目の不覚に思わず苦笑する。
「ショックー。イーダと一緒くたにされたー」
「それは俺の台詞だ」
 何なんだ、このガキどもは。と考え込むイーダをさらりと無視し、話を続けようとするエリスは何故か押し黙った。今まで、淀みなく話を続けていたから、目の前で話を聞いていたフレオは呆気に取られる。
「……エリスさん?」
「…そしたらさ」
「はい」
「あの馬鹿親父、本当に馬に蹴られて死にやがった……」
 一気に、沈黙が走った。ウソの様な、でもエリスにとっては事実。
「残ったのは、多額の借金だけ……」
「えーと、でも契約者が死亡したら自動的に契約は一旦切れるはずだし、更新しなければ返却も可能なはずで」
 苦し紛れに口から出た言葉が、今となっては何の慰めにもならないとフレオが気付いたのは、エリスの睨みつける視線に気付いた時だった。
「あ、ごめんなさいっ、無神経な事言いました」
「んなこたーわーってるわよ。即、契約破棄の手続きを母さん通して取ろうとしたわよ。そしたら、業者が悪徳でとんずらしやがって、代わりに来たのが借金取り……」
 契約期間は約五年。もうそれからは切り詰めの連続だった。五年の契約料に加え、いやらしいことに特別仕様の寝具の維持費は別途負担。あれから数年の後に、村の周りにちょいと強いモンスターが出現するようになり、ちょっとは冒険者の需要が高まったものの、瑣末な話。
 契約破棄まであと一年。でもそれで借金地獄から解放される訳ではない。残りの支払いは、見積もってもあと十年は掛かる計算。
「なのになんだって、あんたらのために税金多く払わなきゃ駄目なのよ!」
「いや、そんな事を言われても……」
「モンスター退治したって馬鹿親父の命は奪ったくせに!」
 呆然としていたフレオの表情が一変、神妙なそれに変わる。同時にエリスの表情も怒りから、歪んだものに変わっていた。
「それって……どういう……」
 押し黙るエリスを、一心に見つめるフレオ。それから逃げるようにエリスは視線を逸らす。
「エリスのお父様を跳ね飛ばした馬の持ち主が冒険者だったからですわ」
 凛とした声で言い放ったのは、ルカ。隣のリイダが珍しく、眉間に皺を寄せている。
「折角気をつかってたってのに」
「すでに今日失言している貴方に言われても、説得力にかけますわ。それに私はエリスの代弁者になっただけですわ。それで、その方は」
「ルカ」
 なおも代弁しようとするルカにエリスがまったをかけ、深呼吸し、言葉を続ける。
「打ち所が悪くて、即死状態で……経歴に傷つくことを恐れたそいつは逃げたのよ!」
 何が人を守る冒険者だ。そいつは金が貰える事を、資格を剥奪されることを恐れたんだ。馬鹿だ、そんな人間を信じた父も。最期は信じた人間に裏切られる形になっちゃって。本当にこれじゃ浮かばれない。表情を歪ませても、涙を流す事無く、押し黙るだけ。失敗したあかつきにはこてんぱんに嫌味三昧してやろうと思ったのに。死んだら出来ないじゃないか、馬鹿親父。
「貴方の事情は解りました。エリスさん。……チェカル、おいで」
 フレオの周りを飛び交っていたチェカルが答えるかのように可愛い鳴き声を数回上げ、肩に止まった。
「確かに財を目当てに、冒険者証を手に入れるものがいるという事実は僕達の世界でも問題になっている。外聞が悪いから表立ってはいないけどね。二、三年前から資格の取得条件が厳しくなっているのも事実です。でもあさましい考えを持っている人間は減らない。表向きでは判断できませんから」
「別に、あんたの話を聞くつもりはない」
「僕だってお願いしてそちらの話を聞いていた訳ではありません。それだったら、最初から話なんてしないでください。はっきり言って迷惑です」
「……なっ……」
 さしものエリスも、言葉を失った。
「自分から跳ね除けておきながら、慰めの言葉をかけられなかったら不満ですか。一体僕にどうしろって言うんですか、借金を肩代わりすればいいんですか、それとも冒険者を代表して貴方に謝罪すればいいんですか。僕は貴方に害を為した覚えは無いから頼まれても願い下げですけどね、そんな事」
「……! 人の気持ちも知らないくせにで勝手な事言われたくない」
「だったら一人の心無い冒険者の所業のせいで、他の苦悩しているかも知れない冒険者も一緒くたにしちゃうのは、人の気持ちを考えた行為だって言い張るんですね。貴方は」
 淡々と柔らかな声色。しかしその内容からは明白な怒りの感情が伺える。最早立場が逆転し、呆然と話を聞いているしか出来ないエリスに容赦なくフレオの言葉が突き刺さる。
「とにかく、金勘定で動いているのが冒険者だって思われたら迷惑なんです」
 言いながら、フレオは懐にしまっておいた冒険者証をエリスに提示した。彼が冒険者だってことはすでに認識しているエリスは、この行為の意味が解らず首を傾げるばかり。
 するとフレオはここに注目せよといわんばかりに一部分を指で小突いた。そこにあった記述を見た瞬間、思わずルカと同じく、フレオの姿を見比べてしまった。
 フレオ=ファラン。職業、魔道剣士。性別、男。年齢、
「……二十二歳?」
 目の前にあるのは、どう見ても自分と同年代以上には見えない少年。
「貴方は事情を勝手に話したんだから、僕も勝手に語らせて貰いますよ? ……苦悩の日々を」


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