おいでませ冒険者! 

その1「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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 それは誰もが、必ず聞かされる言葉。
『言う事を聞かない悪い子は、怖い魔王様に食べられてしまうよ』
 魔王様は人も街も見下ろせるくらいの背の高さ。頭には、二本の鋭い角を持ち、口元から覗くのはこれまた鋭い牙を持つ恐ろしい存在であるという。
 大抵の子供は震え上がり、「まおうサマ、もう悪い事しないから、僕の事食べないで」と泣きながら許しを請うのだ。世界では、普通にお目にかかれる、しつけの一場面である。

*      *      *

 さて、時は数年前の事。タフな三人組も、いたいけな可愛らしい幼子だった頃の話。
「まったく、これで何回窓ガラスを割ったと思っているのです? エリス」
 前言撤回。そのままの子供だった、否、今よりやんちゃで手の付けられなかった頃の話。読み書きを習うための教会学校での出来事。
「えーと、……ごめんなさい」
 とりあえず、頭を下げて素直に謝っておく。言い訳をすると、怒られることは過去のお叱りで身に染みている。今も、言い訳したい気持ちを必死に抑えて反省している「フリ」をしている。長々とお説教をくらうのは、足が疲れるから面倒だ。しかも温厚なシスターの話は淡々と、順をおって丁寧なものだから余計に。これならガミガミと、お母さんに怒られた方がまだ楽というもの。椅子で座ってゆっくりされるならまだいいんだけど。果汁とお菓子がつけばなお良し。
「確か、五回目だよね。エリス」
 淡々とした口調で、一緒にいたリイダが応える。余計な事を、と内心でエリスはリイダを罵った。
「回数は問題じゃありません。何回も割るのが問題なのです」
「落ち着いてくださいまし。エリスも大いに反省しております。五回目があっても、六回目があるかは神のみが知る事」
 敬語は幼少期からの筋金入り。まだ、シスターの頭巾は被っていない。
「神がお許しになっても、魔王様はお見逃しになりませんよ」
 それが、三人が始めて「魔王様」的、教育指導を受けた瞬間だった。とつとつと、魔王様の恐ろしさを説明するシスター。うんうんと頷きながら黙ってしまった子供達。効果ありかと感じたシスターの手ごたえは、しかしただの勘違いに終わった。
「確かに凄く、怖そうだけど……シスターは魔王様にあった事あるの?」
「……え?」
 突然のエリスの質問に、顔が引きつりそうになるのを必死で堪えるシスター。神に仕える、聖なる乙女は何事にも心を揺さぶられてはならないのだ。
「魔物はありますが……魔王様はまだ会った事はないですね……」
「えー、じゃあ。何で角が生えているとか解るの? 勝手にきめちゃ魔王様かわいそう」  と、エリスが真剣そのものの表情で詰め寄れば。
「そんな理由で説教の引き合いにされちゃったら、たまったもんじゃないよね」
 子供らしからぬ思考で、傍らのリイダがやれやれと溜息を吐き。
「大丈夫ですよ。魔王様も私の術と、可愛さで「いちころ」ですから」
 これまた、年齢不相応の言動で頬を何故か、赤らめているルカ。
 温厚な、シスターにも限界がある。堪忍袋の緒が切れかけたが、なんとか押さえる。それが神の元での修行の賜物なのであるかは、神のみぞ知る。かどうかは解らない。だって、神様も会った事がない筈だから。
「と、とにかく。魔物を送ってくるのですから、怖い者なのは確かです。後で怖い思いをしても知りませんよ」
「じゃあ、賭ける? シスター」
「……え」
「魔王様が怖いか。そうじゃないか」
 年端も行かぬ子供が賭け事とか口にする事自体が問題なのであるが、その判断がつかぬほど、実際の所、シスターは動揺していた。伝説に近い魔王が突如我々の前に現れることもあるまい。それに、幼い子供が言ったことだ。今目の前にいるのが、ただの「幼い子供」ではないことも忘れ。
「いいですよ。それで、何を賭けましょうか?」
にっこりと、慈愛の笑みで応えてしまったシスターの運命は、神にもどうする事も出来ず。
「それじゃあね。シスター…」
 純粋無垢な子供の瞳。秘めているのは、純粋故のとてつもない世界。まだまだ修行が足りない。とシスターが痛感するのは、直後の話。ちなみに、数年後にひとりは魔王に嫌悪を抱くことになるのだけど。

*      *      *

 時は経て、現在。駄々をこねる程子供ではなくなり。しかし、世を知るまでには、まだ大人にはなっておらず。それでも、幼少時に比べれば沢山の知識を経て、彼らも品行改まった人間に成長した……訳は全くなかった。生来の性格は根強いものなのである。
「よぉ、フレオ。相変わらず可愛げのない坊やだな、お前は。もうちょっと愛想良く笑えよ」
「お前が、それを言うのか。魔王」
「おーおー、そうやって睨む姿も可愛らしくてサマにならねーな」
 チッと、舌打ちするフレオに、連動するかのように、チェカルが今度は抑え目な鳴き声をあげている。
 確かに、華麗な美少年には似つかわしくない表情だなと、三人は思っていた。否、ルカはして欲しくありませんわっ! と切実に願っており。エリスの表情は、呆然としながらもどこか怪訝な様子だったが。
「なー、いい加減仲良くしようぜ? 別に命取ろうって俺はいってないだろ?後、他人行儀に魔王って呼ぶのもやめねえ?」
「それは嫌だね、愛称で呼ぶのも。増してや、本当の名で呼ぶのも面倒だ」
「はっ! 本当に可愛げのない、坊ちゃんだぜ。本当調教のし甲斐があるよなあ」
 意味深な言葉は流すに限ると決め込んだ、庶民三人の姿を『魔王(三人の中では仮)』の目が捕らえた。黙って突っ立っている三人をみて、ニヤニヤとした笑い顔を見せる。
(妖しいなあー)
> (好感度めちゃめちゃ悪いですわね)
(帰れ)
 三人がこんな思考をめぐらせているのも知らず、意気揚々と『魔王(仮)』イーダは話し出す。
> 「よお、愚民ども。どうやら、この俺様の力に圧倒されているようだな」
 ははん、と鼻で笑い、腕与している姿を見ても、黙ったままの三人を見て、怪訝な表情を見せるイーダ。どうにも、読めない人間は相手をしていて面白くない。そう、自分を睨んでいるフレオのように解りやすくなければ。
「おいこら、愚民ども。黙ってないで、何か言ったらどうなんだコラ」
「さっきから愚民、愚民と失礼な。私には、ちゃんとルカ=タマルと言う名前がありましてよ」
「同じく。愚民じゃなくてリイダ=ラントだ」
「私は、エリス=ターシェンよ」
「あー、俺はイー……って誰が自己紹介をしろと言った!」
「ちなみに、私はサシィですぅ」
「てめえは黙ってろ! サシィ!」
「えーん、ひどいですぅー」
 泣き真似しているサシィを放って置いて、イーダは言葉を続ける。
「あのな、魔王が目の前に現れてるんだぜ? 何も感じねえのかよ」
「何か、意地張っているようにしかみえませんよぉ、ほらイーダって威厳とかないからー」
 サシィのそんな一言は敢えて無視するイーダ。ほんのちょっとの沈黙を経て、やっとの事で三人は話し出す。
「いや、ただ黒い羽しょったお兄さんにしか見えないんだけど……」
 背丈はリイダより高めな位だし、角も牙も生えてないし。顔つきも余り普通の人間と変わりないし。
(よくよくみれば、結構悪くない顔しているかも知れない……)

 そう、思ったのをエリスは即座に打ち消した。何、私までルカに感化されようとしているのよ。そう、強く言い聞かせて。増してや、コイツは魔王。いや、それは本当かどうか解らないけど。でも、もし本当だったら。こいつが、本物の『魔王様』だったら?
「……は、これでも黙っていられるかな?」
 にやりと、イーダが笑んだ瞬間。背後でけたたましく、何かが弾ける音がした。全員が振り向いたそこには、礼拝堂の固い石で作られた神の像が粉々に砕け散っている様。
 沈黙した一同を見て、大変嬉しそうな表情を見せる、イーダ。
「はっ、どうだ貴様ら! これ以上俺様をなめやがったら同じ目に……あだっ!」
 もんどりうって尻餅をつくイーダ。押さえた肩が赤く腫れ、ぷすぷすと煙が上がっている。 「神を冒涜する行為、許しませんわよ!」
 怒り心頭で叫ぶルカが抱えているのは、どこから、と言うよりもいつの間に出されたのか大型の水鉄砲。 「ふっふっふ。どうです? 当協会特製の聖水入り超強力噴射機能付き、魔物撃退水鉄砲の威力は」
 水鉄砲。と言うか聖水鉄砲? どちらでも良いが、基本的に殺生を好まないはずの教会に水鉄砲とは言えども武器は似つかわしくない。心の中でエリスとリイダは思っていたが、声には出さない。面倒だから。
「ふ、わー。危なかったですー」
「コラ、サシィ! お前主人をほっといて逃げるたあ、どういう魂胆だ!」
「構うヒマなかったもん。あの程度の量だったらイーダは火傷で済むけど、サシィは無事じゃすまないよ。それともナニですか? イーダはサシィが聖水の海の藻屑になって、顔がただれて可愛い生前の姿なんて跡形も残らない状態で、哀しくき天国の住人になっても良いと考えますですか? あー、サシィはやっぱり薄幸なんだ。明日どころか、今日の運命すら保障されないんだ!」
「同じネタは日に一回で十分だ! おい、そこのシスター!てめえこの俺様に向かって」
「お黙りなさい! 貴方の世界で貴方がどれだけの地位にあるかは定かではありませんけど。この世界では貴方は異邦人ですのよ。不法侵入した上に、器物破損していい理由なんかどこにもありませんわ! それとも……何か私を納得させる言い訳でもおありですの? 『魔王』様?」
 けっして、激しい形相になっていた訳ではない。むしろ、浮かべるのは無表情に近い。  しかし、そこから放出される雰囲気はどことなく他を圧倒するもの。……と少なくともイーダとサシィ、並びに途中から蚊帳の外になっているフレオには感じられた。
 エリスとリイダは、筋の通った言い分の親友の姿を珍しく眺めていた。やっぱり、人を正しき道に導くシスターの基本は根付いているのだなあと感心すらしつつあった。
「ああ、これ一体で何ヶ月分のお肉になる事か……いいえ……何年分…」
 悲しげな表情でぼそりと呟いたこの一言さえなければもっと良かったのだが。 「やれやれ……あの発言は神への冒涜にならないんだろうかね、エリス」
 腕与しながら呆れた表情で呟くリィダに相手の返事は届かなかった。いつのまにか無表情になっているエリスに気付いたときには、その姿は自分の側から離れ、イーダの元に向かっていた。
「……エリス?」
 呟きながらも、リィダは彼女を止めようとはしなかった。彼女の「事情」を知っていたから。床に突っ伏して嘆いたルカもいつのまにやら黙ってエリスの行動を見つめている。エリスとイーダ、二人の視線がぴったりと合った。
「何だ? 愚民」
「エリスよ。ねえ、あなたは本当に魔王様なの?」
「……? 何だ、てめえ。本物だったら、どうしようってんだ?」
「つまりは…この世界がモンスターのせいで迷惑被ってんのもあんたのせいって事よね?」
 しばし沈黙があった後、鼻で笑いながらイーダが応える。その態度を示された時点で、エリスの中で何かがキレた事に、目の前の魔族が気付くことはなく。
「お、いっちょ前に抵抗かよ? ……そうだって言ったら……どうするんだ愚民」
「エリスよ、ダサ魔族。そんな愚民愚民言うなら、とっとと消せばいいでしょーが、大きな口ばっか叩くだけで何もしてないくせに」
「だ……ダサ……」
「うわー…、確かにイーダのセンスはサシィもどうかと思いますけど、だれもつっこまなかったのに」
 現にお前が突っ込んでるじゃないか、と誰もが突っ込みたい場面であったが、場の雰囲気がそうさせなかった。
「は、だったら痛い目にあわせてやろーじゃねえか」
「よせ! 魔王! 彼女達は何の関係もない!」
 今まで蚊帳の外で呆然となりかけていたフレオが、大急ぎで二人の元に駆け寄る。エリスの肩を持って、離れるように促す。それが、彼女の逆鱗にふれるとも知らず。
「と……とにかくここは僕にまかせて下がってるんだ、エリスさん」
 一冒険者としては、当然の処置もこの場では通じなかった。
「偉そうな事言うな! 気軽に名前も呼ぶんじゃない! 商売敵が!」
「……え」
 きょとんとした表情、肩で鳴いていたチェカルまでもが怯えて隠れてしまう始末。
 肩からちょっとだけ顔を覗かせて、ぷるぷる震える姿を可愛そうと思う余裕はエリスにはない。
「だったら、この場に来た時点でばっさりヤッてしまえ! そうすれば、モンスターも現れない、平和が訪れて万々歳じゃないの! あのダサ魔族が屁理屈いっている間にそんなヒマ山程あったじゃないか! ああ、そりゃ元締めたおしちゃったら商売上がったりだもんね!」
「あー、キレちゃったよ」
「ま……あれじゃ無理もないですわね」
 とりあえず、しばらく親友の動向を見守ることに決めたリィダとルカだった。触らぬエリスにたたりなし。二人とも自分の身が一番大事だった。
「お前もお前だ! もっとこっちが震え上がる程のヤツだったら、私だった諦めて降伏したわよ。なのに、魔族がこんなふざけたヤツだったなんて……。死んだ親父も浮かばれないっつーの!」
 異議を唱えようと、していたフレオの表情が変わった。きっと、彼女には冒険者や魔族に対する深い恨みや悲しみがあるのだと、この台詞を聞いた者はだれもが予想するだろう。そしてそれをひた隠し、明るくふるまっている健気な少女の姿を連想する事だろう。普通、だったら。
「お前らのせいなんだから、責任取りやがれ! うちの借金地獄!」
 今まで相手にしてきたモンスターよりも、厄介かも。……と思った事を無論フレオが口にする事はなかった。


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