おいでませ冒険者! 

その1「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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「呪い……ですの?」
「はい、シスター」
 首を傾げながら尋ねるルカに少年は真剣な眼差しで応対する。うーんと言いながら、少年の周りをぐるりと一周し、外見を確かめている。
「外見は、何ら変わった点は見受けられないようですけど……どのような呪いですの?」
 言うと、少年は冒険者証を差し出した。身分証明も兼ねたそれをルカは確認する。
「えっと、お名前はフレオ=ファランさん。魔道剣士……まあ、魔法も剣もおできになるんですの?」
「……ええ、剣は護身程度ですけどね」
 目をキラキラさせながら、営業用の応対をしているルカ。他の二人はすっかり蚊帳の外である。
「あのさ、リィダ。私達……帰っていいのかな」
「いいんじゃないのかな。というか帰ることをおススメ。こっちは、早く貰うもの貰わなきゃならないし?」
「ああ、そうか。鍵っ!」
 手を打ち鳴らし、うんうん頷くエリスと、ジト目でみているリイダ。
「……忘れてたね?」
「い……嫌ぁね〜。忘れてなんかいないわよっ! ……ぼうっとして記憶がほんのちょと飛んだだけじゃないっ!」
「それを忘れてたっていうんだよ」
 ふぅ、と呆れ溜息を付きながら、リィダは少し反省もしていた。ふと、口から漏らしてしまった失言を。エリスの前では、父親の話は禁じ手。良く、解っていた筈なのだけど。
「ほらほら、早く戻るわよっ」
 そんなリィダの思いを他所に、エリスは出口へと向かう。…手ぶらで。
「おいこら、金庫っ!」

*      *      *

 村の象徴とも言える、中央広場にでんと根を這わせる大木の頂点に二つの影があった。一つは腕組みしながらふんぞり返らせ、その頭の上に小さな二つ目の影。
 眼下に映るのはのどかな村の光景。一つ目の影がふんと鼻を鳴らす。
「……なんつーか……。嫌気がさすくれえ邪気のねぇ村だな、おい。ま、あの純な坊ちゃん冒険者にゃあお似合いだけどよ」
 肩にかかる黒髪は洗いざらし。目に掛かりそうになるそれを鬱陶しそうに払う。同時に頭頂に鈍い痛み。
「おいこら! 人の頭の上でぴょんぴょん跳ねんじゃねえ!」
 どなりつけると頭の上にいた影、がふうわりと目の前に舞い降りてきた。一対の黒い翼を背に、ふよふよと宙に浮いている人物(無論人ではないが)は堰を切ったかのように話し出した。
「にゃー。ごめんですぅー。つい気が高ぶっちゃってえー」
「あー、そのバッサバッサしてる翼も目障りだっ!」
「無茶言わないで下さあい。こうしてなきゃ落ちちゃうんだから。それともナニですか? イーダはサシィが落下して、地面に叩きつけられて血にまみれて、ただの肉塊に成り果てた上で天国の住人になっちゃってもいいと考えますですか? あああ、サシィはこんなにもイーダに尽くしているのにぃー。薄幸のサシィ……幸せが訪れるのはいつ? いつなのぉ?!」
「……本当にフレオの奴はここにいるんだろうな? サシィ」
 サシィの独白を聞き流し、話を切り出すイーダ。しかし、そこは問屋が卸さない、というのがイーダの使い魔であるサシィの性分だった。主人に絶対服従が基本のはずな使い魔として、かなり希少な存在である。
「話そらしたあっ! だからイーダは女の子にもてないんだよっ!」
「いーから、質問に答えやがれっ!」
 足を踏み鳴らしたせいで、青々とした葉がバサバサ落ちる。しかし木の上にいる2人にとってはどうでもいい事だった。
 しばらくぶつぶつと文句を言ったサシィだったが、やがて話を切り出した。
「まあかせて下さいっ。サシィのレーダーは百発百中なのです!」
 褒めて褒めてといわんばかりの潤んだ瞳に、イーダは怪訝そうである。
「……で? 具体的にはどこだ?」
 本当なら嫌味の一言でもいってやりたい所を、何とか押し殺す。無駄な問答を続けている暇はない。本音を言えば、主人であるはずの自分が使い魔に押されているという図式が我慢ならなくなっている。日常茶飯事となりつつあるとは言え、それに慣れてしまうのは不本意だからだ。それを知ってか知らずか。サシィは一瞬、ん? と首を傾げて、すぐに答えを返した。
「えっとね、あそこ?」
 指差した方向を見たイーダの表情が、曇った。
 白で塗装された外観、屋根の上に十字架が備え付けられた建物といえば。
「きょ……教会……」
 聖なる空気に満ちているその空間は、魔族にとっては居心地の宜しくない場所である。消滅、なんてことは無いが多少力が制御されてしまう危険を背負わされる。
「出てくるの待ってた方が良い、よね?」
 冷や汗が出てきそうな感情を抑えて、イーダは再び偉そうな表情を見せた。
「いいや、強行突破だ」
「えー、サシィ気持ち悪くなるのヤダー」
「……てめえは、俺の使い魔だという自覚、あるか?」
「あるよぉ〜。だから、どんなに酷い仕打ちを受けようとも、一度もイーダの側を離れたことなんかないじゃん」
「……あ、そ」
 諦めて、教会の方向を向く。また、無駄な問答をするところだった。危ない、危ない。
「なに、短時間でおわらせちまえば何の支障もないだろ。……俺の力を見くびってもらっちゃあこまるぜ?」
「しょーがないなあ、ま、いっか。サシィもう限界」
 サシィを横目に、またふふんと意味ありげな表情を浮かべるイーダ。眼下で自分達を見つめている親子らしき人間達が目に映った。
「ほら見ろよ。人間達も俺たちの存在に恐れをなしているに違いないぜ?」
「えーと……何か指差されている気がしますぅ」
 サシィの呟きを無視して、また彼は目標を見つめた。

*      *      *

「おかーさん、あの人達何やってるのー」
「しっ、見ちゃいけません」
 異形の魔物とは比べ物にならない程の魔力を誇る、人型魔族も知識の乏しい一般人にしてみれば、見た目は只の人。故に、彼らは『木の上のアヤシイ人物』として、村人の目には映っていた。無論頂上の魔族は知る由もない。

*      *      *

 目をキラキラと輝かせながら、身分証明を進めていたルカは、ある記載を目にした途端、きょとんとした表情になった。少年、フレオと証明書を何度も繰り返し、確認している。目に映る、フレオはその一部始終を眺めながら苦笑いしている。
「……え……」
 思わず、そういわずには居られない事実がそこにはあった。
(長いこと、シスターとして仕事をしている訳ではないけれど、こんなケースは初めてですわね。むしろ、司祭様……いや大僧正様ですら、手のつけようがないのではないのかしら)
 とにかく、自分では対応できないのは明らかだった。
「あの……やはり、無理なのでしょうか。シスター」
 訴える表情がどこか切なげに見えて、思わずどきりとした。
(いいい、いけませんわっ。私は神に仕える身なのですからっ!)
 親友二人に聞かれたら、呆れられる台詞を心で呟いて一人盛り上がるルカ。
 お洒落と肉を切に求め、金勘定には目ざとい彼女である。神のご加護なんて受けなくても、逞しく生きて行けるに違いない。と親友達は思っている。というか、絶対そうだと確信して疑わない。
「ごめんなさい、ぼうっとして。ええと、ですね」
 司祭が戻ってくるまで何とも言えませんわ。ルカが言おうとした台詞は、言葉にする前に遮られた。

*      *      *

「チチィッ!!!」
 激しい、耳鳴りがしそうな音が礼拝堂を駆け巡る。全員がそのけたたましさに思わず耳を塞いだ。退室しようとしたエリスとリィダの二人も。足下には、金庫が横倒しになっている。
「……? どうしたんだ、チェカル?」
 表情を歪めながら、フレオが宙にいる件の生物に尋ねている。あの可愛らしい、小さな体からこんな鳴き声が漏れるなど誰が想像できるだろうか。否、これは漏れるなどという規模ではない。爆発とかいった方が余程しっくりくる。こっちの気は全くお構い無しに、チェカルは泣き叫ぶ。不揃いの調子で、何度も何度も。
「……逃げろって、言いたいのか?」
 そう、フレオが告げた時、激しい叫びはピタリと止まり、直後「チィッ!」とひと言だけ、泣き声を上げた。やっと一同は顔を上げる。まだ、耳鳴りが止まない。
「そんな事言われたってそんな鳴き声あげられちゃ、身動きできないよ……」
 涙目になりそうなエリスは、よろよろと扉を明けに行く。それを支えるべくリィダが続いて、取っ手に手を掛けようとした触れる前にそれは動いた。
 直後、勢い良く開けられたそれによって、エリス、ではなく後ろのリイダが激しく尻餅をつくハメになった。エリスの重力も加わっての衝撃はかなりのものだった。

*      *      *

 エリスとリィダ感覚で曰く、全身黒ずくめだけど、何かど派手な衣装を着たオニイサンはとっても怪しかった。腕なんか組んで偉そうだし、ニヤニヤ笑ってていけ好かないし。何か、背中に黒い翼とか着けてるし。でも、肩の辺りにいる小人さんは何なんだろう。
 神聖術に長けているルカには彼が、人外なるものだとは解った。だが、どう対応すれば解らなかった。とりあえず、何か思わしくない状況だという事は解る。冒険者が確かに必要だという事も。
「よお」
「やっほー、フレオっ!」
 どこか得体の知れない男の声と、能天気な小人の声は不釣合いだった。調子が崩される。  毅然な態度で、フレオは二人に返答する。
「何しに来たんだ。魔王」
 そんな書物と噂でしか知らない存在を出されても、庶民の三人が順応出来るはずも無かった。


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