おいでませ冒険者! その1「労働者の事情と冒険者の苦悩」

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 白塗りの質素な教会。その中は明かり取りの窓から射し込む僅かな陽の光が灯っており、厳かな空気が支配していた。その片隅に通常の礼拝堂からは見えないようにその部屋はある。銀の燭台に据えられた蝋燭の僅かな光が灯されるばかりの狭い室内は、さらに一枚の木の壁で二分されている。その木の壁には窓が取り付けられ、会話をかわす事が可能になっている。
 ここは、『懺悔の小部屋』。自らの『罪』を神に全て晒し、赦しを請う場所。本来は。

*      *      *

「神の御前においては嘘、偽りはあってはなりません。全てを神に委ね……貴方の思いの内を示しなさい。エリス=ターシェン」
 小窓から高く澄んだ心地よい少女の声が聞こえてくる。聞くだけでその全てを委ねてしまいたくなる、そんな気さえ起こさせる。
「……はい、シスター=ルカ」
 対する、茶の髪の可愛らしい声の持ち主の少女、エリスは組んだ両手を小窓に据え付けられた台に乗せ、軽く頭を垂れる。沈黙。じりじりと蝋燭が燃える頼りない音が響き渡る。そんな中、その雰囲気を一掃するかの勢いでエリスは話し出した。
「別にさ、冒険者制度そのものを批判する気はないのよ? それぞれの理由はどうあれ、魔物を倒して街の被害を最小限にしてくれているのだろうしね」
「スライムは平気で見かけますけどね」
 ルカにとってはさりげない一言であったが、エリスにとっては聞き捨てない台詞だった。
 きっと顔を正面に挙げる。その表情が険しかったのか、あらあらどうなさったの? とルカの声。
「……奴らの事は言うな! あいつらのせいで……当面の生活は曇り空よ……」
 苦い表情を惜しげもなく露にしながら、事の顛末を話すエリス。うんうん、頷きながら「まあ、それは大変でしたのね」とさらっとした口調で返すルカ。それをみながらエリスはルカを恨めしげな表情で見つめがらぼやく。
「あんたって人は……。困っている友人に慰めの言葉一つも言えない訳?」
「あらまあ、エリスってば。わたくし、今さっき大変でしたのねって言いましたわよ? 忘れんぼさんですのね」
「……心がこもってないっ!」
「それは貴方の受け取り方が問題なのですわ。わたくしは、『ターシェン』が被った被害を心からお気の毒だと思っていますわ、言い方よりもその言葉の意味を重んじなさいませ、エリス」
 肩に掛かるくらいのまっすぐなアッシュブロンドの髪、透き通るような碧眼。見た目は慈悲深そうな清楚な乙女なのに。反する毒舌っぷりに、出てくるのは溜息だけだ。シスター=ルカことルカ=タマルは村の教会のシスター見習いであり、エリスとは無二の親友同志である。……これでも。
 並外れた神聖術を秘めている(らしい)という理由でこの教会にシスターとして迎えられた、という経緯を持つ彼女。ただ、本人はこの仕事に対する関心は薄い。その証拠に彼女はしょっちゅうエリスに自分の夢を「お嫁さん」と言っている。「神に嫁ぐ身」であるはずのシスターとしては不謹慎極まりない発言だ。
 そんな彼女がシスターとしてやってこれているのは、神聖術と巧みな話術、加えて「天使の微笑み」と称される(エリスとリイダは「悪魔の微笑」と呼んでいるが)見るものを魅了してやまない清楚な容貌、鈴を転がすような笑い声を持ち合わせている結果に他ならない。そんな彼女がシスターをやっている事は知り合ってからの唯一であり最大の謎ではあったが聞いてみても、「自分の特技を生かせる職業だったから」としか教えてはくれなかったし、またエリスもリイダもあまり詮索するのを好ましいとする性格でもなかったので、いつしか聞くこともなくなり、今に至っている。
「それよりもエリス。モンスター対策で悩んでいるのでしたら、こちらはいかがです?」
「……何コレ。鈴?」
「魔よけの鈴ですよ。神聖術が込められているんですわ」
「へぇ〜。いいねぇ〜(本当だったらね)」
 ちりん、ちりんと見た目は普通のものと何ら変わらない鈴を鳴らしながら、興味津々なエリス。
 何だかんだいって考えてくれてるんじゃん、と喜びの感情を覚えた矢先に飛び込んだ友人の言葉にエリスは再び恨めしげな目をさせられる事になる。
「今なら特別奉仕価格三万リークで結構ですわよ!」
「……は?」
 脱力したと同時に手に持っていた鈴が落下し、カシャンという鈍い金属音が狭い懺悔室にこだまする。それを聞いたルカは壁の向こう側、すなわちエリスのいる空間へと移動してきた。
「ああ、もう大事な商品なんですから、手荒に扱わないで下さいな」
「んなっ、だって三万リークってあんた……」
 そんな金があったら野菜畑荒らされたくらいで嘆いたりはしない。
「ぼったくり! それぼったくり! 教会がこんな事していいの?!」
「そうはおっしゃいますけどね、エリス。神聖術って精神力使いますのよ? 人件費ですよ。人件費」
「大体それ、効き目あるの?それが一番問題」
「さぁ? 正直売れないので何とも」
 当たり前だ。誰が、こんな両の掌に収まる大きさの鈴に三万リークなんて大金を払うのか。(ちょっとときめいてしまったが)
「あのね、ルカ。勝手に税金増やされたぐらいで支払いを躊躇っている私から三万リークをぶんどるって良心は痛まないの?!」
「悪いな、とは思いますけど。でもそうしないとこちらも生活できませんから」
「解らないでもないけど三万リークはないでしょ、三万リークは」
 それだけあったらとりあえず、普通のご家庭であれば半年はゆうに暮らせる。質素倹約が基本の教会であれば余りある金額のはず。
「そんな事言ったって私達シスターだってたまにはお洒落したり、お肉のある食卓に憧れるのですわっ!」
 目をうるうるさせながら羨望の眼差しを向けるルカに対し、別の熱いものがこみ上げて来るエリス。
「ってそれが本音かっ!」
 基本的に質素倹約、となれば野菜より値が張る肉類は当然敬遠されるものであり、−教会と言えば菜食主義という印象が根強いが今現在はそうとも限らないらしいー食卓に出るのは野菜と穀物類ばかり。
 そんな生活をしているルカにしてみれば、少々野菜が消える事など微塵にも気にしない。むしろ、見飽きている。だから、それほど友人の危機にも反応しない。そういうことだ。
「あんたの食生活はよく知らないけどねっ! こっちは切実なのよ!」
「こっちだって切実ですわよ! 第一、エリス。あなたさっき勝手に税金増やされてとか言ってましたけどね。そのことなら一月前から村のお知らせ版に掲示してありましたわよ。あなたいっつもみないんだから」
 この台詞には言葉を詰まらせるエリス。確かに、見てはいなかったような気がする。いや、見ていない。だって、あのお知らせ版って滅多に掲示物張らないし。『ターシェン』からは微妙に離れているし。
「でっ、でもそれなら商売しているウチにお知らせが来ないのはおかしい!」
「だって貴方のところは『冒険者の宿』でしょう? 冒険者が使用する施設で税金分宿代を徴収したら、昇給の為の税金徴収なんて意味が無いじゃありません事?」
 この世界で『宿屋』と呼ばれる施設は大きく通常の『宿屋』と、『冒険者の宿』に2分される。前者は通常の人間が野宿を避けるために夜を過ごす場所として。後者は冒険者が疲れを癒すための場として。詳しい仕組みは解明されていないが、『冒険者の宿』で使用されている寝具には体の疲れを癒してくれるという不思議な効果がある。とは言え、怪我や病気を治してくれるという訳ではない。そんなものが存在しえてしまえば世の医者は全て廃業である。
 とにかくも、高価なシロモノなので、冒険者証を持っている者しか使用できない。通常の宿屋よりは高い宿代を請求するとは言え、特別仕様の寝具の維持費で結構もって行かれるので儲けは通常の宿屋と変わりは無い。正直な所、ちょっぴりこっちの方が苦しかったりする。
「う〜、でも不公平だよ〜。だって、『ラント商会』みたいに一割貰って利益が増えるとこだってあるじゃんっ」
 ちなみに『ラント商会』とはリイダの実家の道具屋の事である。リイダ=ラント。それが彼の正式な名前だ。それはともかくも、必死に食い下がるエリス。しかし、それも僅かな間の事だった。
「でもその一割分は冒険者の給金としてもって行かれるんですから、儲けは通常のままですわよ」
 「あ」と目を点にするエリスと、「頭悪いですわねぇ」とまたまた辛辣に対処するルカ。  ふう、と一息吐くとエリスの肩に手を添えながらルカは話す。
「とにかく、社会の流れは素直に受け止めるべきなのですわ。それが神が賜られた試練なのだと」
 やっとこさ、出てきたシスターらしい発言も、素直に受け取れない。それが、ルカの性格を知っているが故なのか、自分の受け取り方が捻くれているのか、それは定かではない。どちらにしろエリスに与えられた選択は「諦めろ」らしい事だけは明らかのようである。
「……結局、私のワガママなのかな〜。う〜、納得行かないっ!」
「大丈夫ですよ、そのうち良いことあります」
「……そんな、無責任な」
「完全に責任ある発言なんて誰にも出来はしませんわ。さ、とりあえずここから出ません事? 太陽の光が届かない場所は息苦しくて」
 言いながら、ぶつぶつ呟くエリスを礼拝堂へと引っ張っていくルカ。
 誰もいないはずのそこで二人を待っていたのは木箱と金庫を両脇に置きながら長いすに腰掛けているリイダだった。
「やっぱり良い事なんてないじゃないの〜」
「何言ってるんですの。品物を注文をしたからにはお金を払う。世の常識ですわよ」
「そうだよ。それじゃ、僕が悪人みたいじゃないか。それにね、エリス」
 傍らにある持ち運び出来る金庫をバンバン叩きながら、リイダは呆れ顔を露にする。
「税金云々にこだわってる割には随分お金の管理がずさんだよね」
 自分の家の全財産が入っている金庫をみながら、エリスは沈黙するだけだ。
 静かにリイダの元に歩み寄り、「いくらだっけ?」と呟く。
「9680リーク」
 また、リイダも必要最低限の言葉だけを言い放つ。お金を取り出そうと金庫を開けようとした時、エリスはある事実に気がついた。
「リイダゴメン……。鍵、ウチだ、取ってくる」
 即座にその場を後にしようとするエリスの腕をリイダは引く。
「それじゃ二度手間になるでしょ。一緒に行くって、何慌ててんの」
「ああ〜、そうだよねぇ」
「全く困ったもんだなあ。本当に冒険者の事になると見境なくなるんだから、エリスは。親父さんも泣くぞ」
 リイダとしては、ふっと出てきた言葉だった。別に意図は何もなかった。ただ、それは言うべきではなかった事だと知っているルカは無言でリイダの腕を自分のそれで小突いた。リイダ自身も自分の失言に気づいたが後の祭り。目の前のエリスは自分に沈黙を携えた侮蔑の表情を見せていた。
 三人の間に、得も言われぬ沈黙が流れる。それを破ったのは、彼らの中心に何時の間にか現れた小さなモノだった。
 それは、見たことも無い不思議な生き物だった。外見上は猫に似ていた。両の掌に収まってしまう位の小さな小さな子猫。限りなく白に近い淡い桃色の毛のその猫に似た生き物。何が猫と違うかと言えば、尻尾は短くて丸くウサギのよう。そして、三人が気まずかった雰囲気を取っ払わざるを得なくなった位の、一番の相違点はその背中に翼が生えていた事だった。二対、合計四枚の綺麗な純白の翼。はためかせ、3人の中央を飛んでいる。しかも、音も無しに突然現れて。
「コレ……何?」
 とエリスが指差しながら呟き。
「さあ……新手のモンスターでしょうか。それにしては可愛らしいですけど」
 とあくまで呑気な口調ながら、その生き物に見とれているルカ。
 そして、ひたすら口をぱっかりあけて、間抜け面なリイダ。
「チェカル!」
 礼拝堂の扉を勢い良く開けると同時に第三者の声が室内に反響する。
 またそれと同時に例の生き物は可愛らしい鳴き声を上げ、扉の前の人物へむかって一直線に飛んでいった。
「ぼくの為に教会を探してくれていたのかい? でも、急に姿を消すから心配したよ」
 まだ声変わりもしていないであろう声で話すその少年が声を掛けると、件の生き物は少年の周りをせわしなく飛び回る。その光景をぼうっとみている三人。否、エリスだけは苦い表情。その少年のマントを留めているブローチは、紛れも無い冒険者証だったからだ。
 やがてチェカル、と呼ばれたその生き物は少年の肩に身を預けた。三人の元に歩み寄る少年。
「ええと、こんにちは。こちらの責任者にお会いしたいのですが」
 言った少年は中々に綺麗な顔だちをしていた。美麗という派手さではなく、人当たりのよさそうな穏やかな少年。年の所は同じ位だろうか。
「……間に合ってマスっ!」
「何勝手な事いってますの?! ……おほほ、気になさらないで下さいましね。司祭は所用で出ておりまして、戻るのは明日ですの。どのようなご用件でいらっしゃいますかしら? お話だけでも」
 少し間があった後、少年は話し出した。
「僕の体に掛けられた呪いを解いて頂きたいのですが」


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