おいでませ冒険者! その1「労働者の事情と冒険者の苦悩」

次へ/目次へ



「ふっふっふ……。あんたらがこれに弱いのは調査済みなのよっ!」
 じりじりと太陽が肌を焼きつけるる真夏の午後。
 炎天下の下、火の粉を撒き散らしながら燃え盛る松明を手にしている少女の姿があった。汗をだらだらたらしながら奇妙な笑みを浮かべている。かなり異様だ。
 対峙するは赤い半透明のゼリー状の生物、俗に「スライム」などとよばれており、戦闘能力に乏しく、遭遇してしまったところで命の危険に晒される事はなく、人体には殆ど害の無い最弱のモンスターとされている。しかし、少女、エリスにとっては大事な畑を荒らした憎き敵でしか在り得なかった。
 松明を手に、じりじりとスライムに近付くエリスと、本能で危機を察し、後ずさるスライム。
「大事な野菜さん達を荒らした罪は万死に値するわよ! 覚悟なさい!」
 勢い良く振り下ろされる松明。スライム達は直前でそれを交わし、奇声を上げながら、あれよという間にぴょんぴょんとせわしなく逃げ去った。視界から憎き敵が消え去るのを確認すると、エリスはにっと口の端を上げる。
「ざまぁみろっ! スライムの分際で人間様の畑荒らそうなんて考えるからよっ!」
 憎き存在を退け、上機嫌のエリス。しかし、最弱なモンスターを退けた所で、何の自慢にもならないのが現実。そんな事は微塵も思わない彼女は近くにあったバケツに火のついたままの松明を乱暴に放り込んだ。激しい音と気泡を上げ瞬く間に火が消え、瞬時に中の水が蒸発する。勢い余って倒れたバケツからは白い蒸気が立ち上ぼる。
 エリスは小柄で茶髪、ぱっちりとした緑の双眸とかなり美少女の部類に入る容貌を持っている。しかし、その外見と中身は相反しているようである。
「さて……と、これからど−しよ−かな−。網張ったところであいつら通り抜けちやうだろうし。かといって蓋とかしたら空気が入らなくなっちゃうし。大体そんなでかいモン作ったらお金無くなっちゃうし……。ああっ、もお!」
 地団駄を踏もうとし、思いとどまる。上げた足元には青々と広げている野菜達。運良くスライム達の侵略を逃れた物だ。
「あ−あ−。野菜高いのに……」
 がっくりと屑を落とし、地面に視線を落とすエリス。しばらくその姿勢から立ち上がる事が出来なかった彼女を正気に返したのは、リンリンと高らかに響く鈴の音だった。
「はいはい、只今っ!」
 慌てて髪を整え(無駄なあがきであったが)建物と菜園を繋ぐ勝手口より中に入り、明かり取りの小さな窓が一つだけある薄暗い部屋を潜りぬけ、更に扉を開ける。
「お待たせ致しました!!冒険者の宿、『ターシェン』へようこそ!!」
 それは先ほどスライムと対時した時とは打って変わって可愛らしい笑顔だった。老舗の宿『ターシェン』の看板娘、エリス=ターシェンお得意の変わり身は今日も健在である。

*      *      *

「いつもながら見事な営業っぷりだねエリス。注文の品持ってきたよ。」
 あきれたように一実際そうなのであるが一冷静な突っ込みを入れるのは、年の頃はエリスと同じ位の少年。つりあがった茶の双眸、肩にかかる銀の髪を無造作にひとまとめにしている。足元には質素な木製の箱が一つ。
 扉を開けた先にまず現れるカウンターに両手を突きながらエリスは深く溜息をついた。
「何だ、リイダか。何か用?」
「……今言ったし、見たら解るだろ……」
 長机の上にどかっと箱を下ろしながらリイダはエリスを睨んだ。
「や……やだな一冗談よ。お仕事ご苦労様っ」
「全く……。後払いで良かったんだよね」
 確認するリイダに、「そうだよ」と領くエリス。
「えっと、キュアリフ(一般的な傷薬)五十に、毒消し三十に、気付け薬二十、万能薬十五…で合計9680リーク(注:この世界における金額の単位)ね」
 商品を見せながら金額請求をするリイダと、顔色を変えるエリス。
「……ちょっと待った。……8800の間違いじやないの?」
「さすが、金勘定に関しては目ざといね」
「誤魔化しは無用よ。それとも私の計算が間違ってるとでも?」
 リイダの胸倉を掴み詰め寄るエリス。
「放してくれる? …確かに言う通り8800が正解だよ。…おとといまではね」
「どういうこと?」
 胸倉から手を外し、訝しげな表情を露にするエリス。言いにくそうに顔を一瞬背け、リイダが疑問に答える。
「昨日からうちの全商品に一割の税金がつくことになったんだ。だから880加算で、9680って訳」
「い……いっいっいっいっいっいっ……、いちわり!?」
 余りの絶叫に思わずリイダは両の耳を塞いだ。余波による振動が収まるのを確認し、手を外す。肩で息をしているエリスをなだめながら説明を続ける。
「冒険者への給与が上がるから、だってさ、最近モンスターによる被害が拡大したっていうじゃない。その分冒険者の労働も増えるからね。納得は行くけどね……エリス?」
 どんどん表情が曇って行くエリス。
「……冒険者、冒険者って……どいつも、こいつも、冒険者ばっかり立てやがって!」
 はじまっちゃったよ。思いながらリイダは側の椅子に腰掛けた。長い話になるので立って聞くなど、出来ない。
「街中どこいっても『冒険者優遇!』とか『冒険者証提示で半額!』とかさ。そりゃ、世の安全守ってるお偉い職業かもしれませんけどね?誰のお陰で仕事できてるのかよおおおおおおおおっく考えてほしいもんだわ!」
 リイダはエリスそっちのけで注文品の数を確認している。
 エリスの熱弁は留まる事を知らない。
「わたしら宿屋が休息の場を提供してるからでしょ?! リイダんちみたいな道具屋が薬草を作っているからでしょ? なのにこの扱いの差はなんな訳? 私らだって労働者なのよ! ねえリイダ」
「まあね、ああ、そうそうエリス。ウチは売ってるだけで作ってはいないから。それよりお金。9680リーク」
 飽くまで落ちつき払っているリイダ。
「ちょっと! あんただって私と立場は一緒なはずよ、何悠長に構えてるのよ!」
「国に立てつく度胸はないよ。それより、9680リークが貰えなければウチがやばいから。そっちの方が大事だよ」
 手を差し出すリイダ。しかし、調子が下がりながらもエリスの愚痴は続く。
「大体さ〜。強いモンスター排除するのもいいけど、畑荒らすスライムもなんとかしてよねって感じよ。結構切実なんだから」
「何のことさ?」
 尋ねるリイダにことの経緯を説明するエリス。リイダは難しい表情を浮かべながら注文の箱の中から白い紙の小さい箱を取り出した。
「何それ? あ、もしかしておばさんの手作り菓子?」
 手を組んで喜びを表現するエリス。領きながら、暗い表情のリイダ。
「……うん」
「……何よ?」
「今の話聞いてたら渡しづらくなった」
「変なの。で? 今日の中身は?」
 一瞬間が空き、答えるリイダ。
「木苺のゼリー」
 エリスの心に北風が通って、しばらくした後、黙ってエリスは長机の上に木の札を置いた。そこには『只今準備中』という文字。エリスはまっすぐ出入りロヘと向かう。首を傾げるリイダ。
「どこいくのさ」
「ルカのとこ」
 エリスは捨て台詞を言い、そのまま外に出ていってしまった。
「って、おい! 勘定は! こら、待てエリス!」
 リイダも慌てて、エリスの後を追った。


第2話へ/目次へ